第2話

 冷たい。身体の芯から冷えきってしまっている。

 俺は冷たい金属の床にうつ伏せになって倒れていた。


 俺はノロノロと立ち上がった。

 なんだ? ここ??

 あたり一面真っ白で、床がぼんやりと光っている。

 ここが、ダンジョンか……?


 俺は上を見た。地上まで吹き抜けになっていて、真っ青な空がのぞいている。


 …………ウゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウウウ…………


 地上からかすかにサイレンの音が聞こえてきた。


『緊急放送! 緊急放送! いぬい区にダンジョンが発生しました。深度は5、マグニチュードは……え? は、8!?!?

 繰り返します!

 いぬい区にダンジョンが発生しました。深度は5、マグニチュードは8!!

 大変危険なダンジョンです!!

 近隣住人は、速やかな退去をお願いいたします!!!』 


「いや、退去もなにも、思いっきりダンジョンの中なんですけど!!」


 緊急放送でアナウンスされる「深度」は発生したダンジョンの広さ、「マグニチュード」はそのダンジョンを作ったマスターモンスターの脅威度を示す数値だ。


 「深度5」となれば、かなりの大規模ダンジョンだ。俺は、上を見上げた。地上までは、少なく見積もっても数十メートルはある。とてもじゃないが、脱出なんてできそうにもない。


 ここはおとなしく、探索隊の救助を待つ方が懸命だ。

 俺は、あたりを見回しながら、叫び声をあげる。

 

乙花おとか! 逆村さかむら! 大丈夫か!?」


 探している人物の一人はすぐに見つかった。逆村さかむらだ!

 逆村さかむらは、ダンジョンの壁に頭をくっつけてたたずんでいた。

 

逆村さかむらじゃないか、無事だったんだ! よかった!」

「…………」


 俺は逆村さかむらに向かって話をつづける。


「マグニチュード8だって! ここは、おとなしく救援隊を待って、俺たちはここでじっとしておこう。あ、でもその前に乙花おとかと合流して……ん? どうした逆村さかむら?」

「…………」


 逆村さかむらは、ずっと壁に頭をくっつけて動かない。

 ん? よく見るとアイツ、壁にめり込んでいないか??


「おい。逆村さかむら??」


 俺は、逆村さかむらのもとにかけよって、肩を叩いた。すると、


 にちゃ……するずる……にちゃあ。


 逆村さかむら、いや、逆村さかむらだったは、ずるずると崩れ去って行った。


「う、うわああ! 逆村さかむら? 逆村さかむら!?


 逆村さかむらは、壁にめり込んでいたわけじゃ無い。まるでアジの開きのように真っ二つに切り裂かれて、壁に張り付いていたんだ。

 逆村さかむらだったものは、その切り口から、どくどくと血をふきだし、臓物がこぼれ出している。

 壁には、逆村さかむらの血がべっとりとついて、逆村さかむらのシルエットが、くっきりと残っていた。


「う……うえ……」


 その惨劇に気持ちが悪くなった俺は、逃げようとした。でも、できなかった。

 逆村さかむらだった物体のすぐ横にある、キラリンと光るものに、目が釘付けになってしまったからだ。


 黄金色をした、ちっちゃなメダルだ。


 俺は、震える手でそのメダルを手にした。

 そのメダルは、まるで出来立てのクッキーみたいに、ほんのりと暖かかった。

 そしてその温もりが、身体のなかに入り込んできて全身のすみずみにまでかけめぐってくる。


 ぞくり!


 なんだ、これ??

 上手く言えないけど、負の感情に思考が支配されていくような……。


 これ? やばいブツなんじゃないか?

 俺は、ちっちゃなメダルを手放そうとした。その時だ。


「ぷわぁん、ぱかぱーん! おめでとーございまーす!!」


 頭の後ろから聞き慣れた声が聞こえてくる。乙花おとかの声だ。

 なにがおめでたいんだ?

 ダンジョンに落っこちて、逆村さかむらがアジの開きみたいに真っ二つになってるんだぞ??


「おい! 乙花おとか!」


 俺は、ちょいキレ気味で振り向いた。

 するとそこには、全長三十センチくらいのちっちゃい乙花おとかがいた。

 いや、乙花おとかじゃない、乙花おとかによく似ているけど違う。


 顔は瓜二つだけど、なんというか、身体つきがちがう。


 まるで妖精のようにフワフワと浮いていて、真っ白のブラウスと、同じく純白のショートパンツに、オフホワイトのハイソックスを履いている。制服姿だった乙花おとかとは、明らかに別人だ。


 そしてなにより、ショートパンツからスラリと伸びる足は、ぽっちゃりを気にしている乙花おとかに比べると、随分とスレンダーだった。

 肌も透き通るほど白くて、なんだか人形……いやCGみたいだ。


 乙花おとかにそっくりな、ちっちゃなスレンダー少女は、話をつづける。


「おめでとう! ボクは、ちっちゃなメダルの妖精、カノト。

 君は、たった今、ちっちゃなメダルを100枚集めたの!

 ごほうびとして、この『メダルスレイヤー』をあげちゃうよん!」


 そう言うと、メダルの妖精は可愛くウインクをした。

 すると、光に包まれた一振りの剣が空中に現れた。

 その剣はずいぶんとシンプルな造形の剣だった。

 刀身から柄まで、すべて鈍色に光るグレーの素材でできている。

 そして、きっ先は緩やかなカーブを描いていて、切れ味なんて、とても期待できそうにも無いシロモノだ。


「さ、さ、持ってみて! ぎゅぎゅっとにぎっちゃって」


 俺は、乙花おとかソックリのメダルの妖精に言われるがまま、おずおずと手を差し出して、フワフワと宙に浮いている『メダルスレイヤー』を手に取った。


 かるっ! めちゃくちゃ軽いぞ! これ!

 プラスチックでできた子供のおもちゃみたいだ……。


「『メダルスレイヤー』は、希少なモンスター『液体金属スライム』のコア、100体を精錬したウルトラレアな武器だよ。めっちゃ重いけど、なら軽々使いこなせるはずだよ!」


 メダルの妖精は、得意げに説明をする。


 そりゃ、軽々使いこなせるだろう。だって軽いんだもの。非力な俺ですら、持ってないないと錯覚してしまうくらいに軽いんだもの。

 とても威力がある武器には思えない。


「あ、ちょうどいいところにモンスターが現れたみたい。

 『メダルスレイヤー』を使ってモンスターをバッサバッサと切り殺しちゃおう♪」


 カノトと名乗ったメダルの妖精は、まるでゲームのチュートリアルのようなセリフを一方的にしゃべりまくると、「フッ」と消え去った。そして、


「キシュ!」

「キシュ!」

「キシュ!」

「キシュ!」


 気色悪い叫び声をあげるモンスターの大群が現れた。

 大型犬くらいの大きさだろうか。アリのような外見のバケモノは、白銀色に輝くメチャクチャ固そうな装甲に覆われている。


 え? このモンスターを、俺一人で退治するってこと??

 イヤイヤイヤ! 無理でしょ!!

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