最終章 9-1


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「ねぇミスティ、どうしたら魔法が使えるの?」


 彼女が魔法を教えてほしいと私にねだる。どうやら前に魅せたものが大層お気に召したようだ。気を良くした私は魔法の極意を語って聞かせることにした。


 水の魔法はアイ、火の魔法はオー、風の魔法はエヌ、土の魔法はシーが肝要だ。これは正真正銘、かつてお父様から伝授された四属性の真髄である。しかし、残念ながら私にも意味は分かっていない。


 私たちは二人して、それを声に出しながら身振り手振りを繰り返した後、互いの仕草を面白がって笑い合った。こうしていると、遥か昔にお姉ちゃんと遊んでいた頃の記憶が呼び起こされてくる。


 術者の願望を反映したのか、それとも対象の深層心理を投影したのか、胡蝶邯鄲ヴィニャーナが形成した彼女の姿はお姉ちゃんに瓜二つだった。


 もっとも、それはあくまで外見だけだ。お世辞にも物覚えが良いとは言えず、いつも私に甘えてばかりいる。でも、それでも構わない。彼女がお姉ちゃんに成れないのなら、私が彼女のお姉ちゃんに成れば良いのだ。


 お姉ちゃんが私にしてくれたこと、私がお姉ちゃんにしてほしいこと、それを惜しみなく彼女に与える。その弾けるような笑顔を見ていると、まるで自分のことであるかのように満たされていくのを感じるのだ。


 あの日を境にして、ホーリーデイ家での生活は一変した。幼年とはいえ、公子が公女になったのだから当然である。しかし、それを正しく認識しているのは私だけだ。


 あたかも始めからそうであったかのように、彼女は嫡子たる令嬢としてぐうされている。やはり周囲の記憶や認識が書き換えられており、私も気を抜くとついつい忘れてしまいそうになる。


 どうやら私の策は想像以上の成果を上げたらしく、彼女を蝕んでいた空の力は今や完全に鳴りを潜めていた。一方、マイナに嫌われているのは相変わらずで、魔法の素質は依然として皆無である。


 私と交わした……その、口付けのことも覚えてはいないようだ。もしも、彼女が思い出すようなことがあれば、それは胡蝶邯鄲ヴィニャーナの効果が失われ掛けている証である。そのときは私も覚悟を決めねばならないだろう。


 しかし、いつまで経ってもその兆候が現れることはなく、私たちは親友として、或いは姉妹として、二人だけの思い出を重ねていった。


 同じものを見て、同じことを感じて、同じときを過ごしていく。


 たとえ魔法の生み出した幻であったとしても、私たちは小さな身体に多くのものを詰め込んで、少しずつ大きく成長していく。それは私にとって、夢にまで見たお姉ちゃんとの日々の再開でもあった。


 ただ、彼女の実妹であるサンデリカには悪いことをした。本来であれば、妹が次期当主となっていたはずなのに、母親譲りの聡明さ故に、自らの居場所を見つけて早々に家を出て行ってしまった。


 もっとも、今代を以ってホーリーデイ家は大きな変化を迎えることになる。私という存在がなくなれば、もはや血の宿命に縛り付けられることもない。自由な人生を歩み始めた旗手として、相応しい存在となってくれるだろう。


 いつしか、私はレイニーのことを一人の女性として認識するようになっていた。お姉ちゃんによく似た彼女には、私たち姉妹の分まで幸せになってほしい。たとえ子宝に恵まれなかったとしても、きっと彼女なら良き令室れいしつとして仲睦まじい家庭を築けるはずだ。


 そう、これで良いのだ。今さら自分が男性であるなんて、そんな残酷な真実は必要ない。後は私が旅に出て、今度こそ真の封禅の儀を完遂させれば、ようやく全てを終らせることが出来る。


 でも、時折私は自問してしまう。本当にこれで良いのか、本当にこれが望んだことなのかと、自分でも分からなくなるのだ。

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