最終章 3-2


 私たちが泣き止むのを待って、天人アプは多くの智慧ちえを授けてくれた。


 世界の有り様から生活のすべまで、人智を超えた叡智えいち瀑布ばくふのように流れ落ちてきたが、取り分け重要な部位を占めていたのが魔法に関する知識であった。


 人の営みから隔絶されたこの地において、生き延びる頼りは魔法だけである。私たちは乾綿かんめんが真水を吸い込むがごとく、急速に魔法を修得していった。


 お腹が空けば、鄒衍降霜コール・オブ・マーンが満たしてくれた。喉が渇けば、我田引水クリエイト・アクアが潤してくれた。ここではどんなに魔法を使っても、活性化したマイナが枯渇することはなかった。


 この祭壇は天然の地下空洞を利用したもので、世界を循環するマイナが地表に吹き出していた。中でも水のマイナの純度が極めて高く、私たちがアプの声を知覚できるのもそのためらしい。


 なぜ、特定の属性のマイナが関係してくるのか。それはマイナが天人自身であるからだ。いや、正確にはマイナの先駆物質に付着し、そう成らしめている因子……この無数の粒子を統括する集合意識こそが、天人の正体であった。


 遥か遥か古の時代、世界がまだ一つの超大陸であった頃、中央に座する霊峰タカチホより未知の粒子が散布された。それはアグニ、アプ、ヴァーユ、プリティヴィーの四種、全て後世に天人の御名として語り継がれているものである。


 その目的は魔力という、何処にでも在りながら誰人たれびとにもきょうせない力を制御し、人の手で利用できるようにすることであった。


 因子は在来の微小物質と融合してマイナと成り、そのうちに魔力を貯蔵し、魔法の行使を可能とした。マイナは因子の種類に合わせ、火水風土の四属性に分けられた。


 そして、気の遠くなるほどの悠久の時を経て、マイナは世界の隅々にまで浸透していった。


 大気中はおろか深海や地底、そして生物の体内にまで。事実上、マイナの存在しない場所はない。なお、聖合国には『神は細部に宿る』という格言があるが、その発言者は不明である。


 やがて、粒子の集合意識の形成に際し、異なる属性が互いに干渉し合うことを避けるため、世界が地殻変動により四つの大陸に分裂するのに合わせ、主要となる領域を棲み分けた。そして、東方大陸パノティアに顕現したのが水の天人アプであった。


 かつては、私たちのように天人と交信できる人間が世界中におり、その殆どが女性であったことから地姫ちぎと尊称された。これら地姫を通じて、天人に記憶された叡智が人々にもたらされ、各地で文明が発展していった。


 このパノティアにおいても、地姫を擁した権力者により天人信仰が構築され、周辺の州を束ねて現在のヴィナンクル聖合国が建国されることになる。


 聖合国の大きな特徴は、地姫自身が直接的な権力を有さず、君臨すれども統治はしなかったことである。


 勿論もちろん、各州間の争いが全く無かった訳ではないが、他の大陸に比べれば穏やかなものであった。そこにはパノティアに住む人々、そしてアプの気質によるところも大きかったのであろう。


 本来、天人との交信に性差はなく、血統や魔法の素質が色濃く影響するものとされている。


 そして、野心に溢れた益荒男ますらおが交信し、天人の気質もまた荒々しいものであった結果、皇国を興して神皇しんのうを名乗り、武力統一されたのが中央大陸ヌーナであった。

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