最終章 2


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 ヌーナ大陸の最北端に鎮座する霊峰タカチホ、大陸屈指の高所ゆえの厳しい気候に支配され、まるで一切の生命の存在を許さぬかのように静寂に包まれた中腹で、しかし抗いを続ける二つの輝点きてんがあった。


 一方は地表を白銀に染める積雪に溶け込んだ純白の、他方は何処いずこにあってもその存在を顕示し続ける漆黒の外衣ローブである。


 バラトリプル教国の教都クシナガラに滞在していた二人は、正式に婚姻を交わしたラーマとシータに見送られ、御幸ごこうの最終地点、霊峰タカチホへの入山を果たしていた。


 始めは剥き出しの大地が延々と続いた山肌も、標高が増すに連れて徐々に雪の中へと隠れていき、ついにはその姿を完全に失ってしまう。


 教国は独立前の宗教都市であった時代から、巡礼のための霊峰の保全を責務としていたのだが、それは精々が登山道の整備された辺りまでのことであり、ここは既に禁足地を越えて久しかった。


 なお、タカチホは四大聖地よりも神聖な場所とされている。たとえ麓に近い場所であっても立ち入りには厳しい制限があり、特別に許可を受けた教徒のみが足を踏み入れることを許されていた。


 天候を選びながらの出立の甲斐もあり、天穹てんきゅうには燦然さんぜんと輝く恒星が雲のさえぎを排してその姿をあらわしている。


 もっとも、これ程の高所に至っては陽射しが意味を成さぬほどに寒気が覆い、希薄な空気の中では呼吸すらもままならない。また、足下に堆積する雪塊せっかいも歩行を困難なものへと変えていた。


 原則としてタカチホへの入山が禁止されているのは、何も神聖であるというだけではなく、この過酷な環境によるところも大きい。所詮は人の身では頂を目指すことなど不可能であり、いたずらに殉教者を増やさぬための措置でもあった。


 しかし、頂上へ向かう二人の足取りは軽く、吐く息こそ雪結晶のように白色ではあるが、外衣ローブを身に纏った姿はこの極寒の地においても、今までの旅路と何ら変わらぬものであった。


風花雪月エア・コンディション


 熱風が吹きすさぶシュンプ平野の徒行をも可能とした外気遮断の魔法は、氷雪に閉ざされた大地においても健在であった。特殊な空気層による熱交換機能は、周囲の光景に反して温暖な大気を二人へともたらしている。


 そして、の地が不可侵の領域であることを象徴するかのように、何ものにも汚されぬ無垢性を保ち続けた白銀の斜面は、二人の前方はおろか後方にもその痕跡を刻まずにいた。


古今独歩エア・ウォーク


 大地が物体を引き付ける力を中和すると同時に、局所的な気流操作により対象を宙へと浮かび上がらせる、風と土のマイナの複合高等魔法である。


 正確をせば、二人は山を登っているのではなく……空を飛んでいるのだ。あまり高度を上げ過ぎてしまうと、中空を流れる強風の影響を強く受けてしまうため、地表に沿って移動する必要があった。


 ミストリアの秘術と称するに相応しい超然とした魔法により、二人は常識を遥かに超える速度で山頂へと向かっていた。四方に広がる恐ろしくも美しい風景が、まるで招き入れるかのごとく流れ過ぎていく。


 今や遠くに霞んでしまった教都の街並みを眼下に望みながら、なぜ登山の装備や食糧の備蓄が不要であったかを理解した。


 二人を心配したラーマ夫妻、そしてアナン老師たちからも盛んに寄進きしんの申し出があったのだが、ミストリアはそれを頑なに固辞していた。


 恐らくは、が沈む前には山頂へと辿り着けるだろう。この旅も間もなく終焉を迎える。封禅ほうぜんの儀によりミストリアは天人てんじんの御許へと召され、そして独り故郷への帰途に就いていく。


 しかし、そのとき一抹の不安が頭をぎった。往きはこれで良いとして、果たして帰りはどうすれば良いのだろう。こんな過酷な雪山では、装備も備蓄もなく下山など出来る訳がない。


 思わず憂虞ゆうぐを吐露したが、ミストリアは仄かに笑みを浮かべながら、一言だけその心配は杞憂であると告げた。


 その言葉を信じた……いや、信じるしかなかったのだが、も言われぬ不穏な気配が忍び寄ってくるようで、遮断されたはずの冷気に思わず身震いがした。

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