「御身の拝謁を賜り、イクシュヴァーク家の当主として、また一介の教徒として、慶賀（けいが）の至（いた）りに存じます」

　ダシャラタとラーマが恭（うやうや）しく跪（ひざまず）く。その前には緋色（ひいろ）の法衣を纏う老僧と、白紋（はくもん）の神官衣に身を包んだ少女の姿があった。

　老僧がダイバ老師、そして少女が偽の天人地姫なのだろう。ラーマの後ろに立つ彼女たちには気が付いてはいないようだ。

　この時点で、少なくとも天人地姫としての魔法の才はないことは明らかであった。もしもミストリアと立場が逆であったならば、入室した時点で疾（と）うに看破されていたことだろう。

　それにしても、選（よ）りにも選（よ）って白紋の神官衣とは恐れ入る。これはかつて、自分がシュンプ平野での軍事演習において身に付けていたものと同じである。

　本来は神官職の中でも長（おさ）に当たる者にのみ着用が許されており、あのときは天人地姫の供奉（ぐぶ）として、皇帝の傍らに侍（はべ）るために特別に許されたものであった。

「善（よ）くぞ参られました。ダイバ老師は私が最も信頼する御方ゆえ、今後ともよしなに……」

　少女が透き通った美声でラーマたちに告げる。確かにシータから聞いていたとおり、見目麗しく整った顔立ちをしており、また最高位の者にのみ許される衣裳とも相まって、ある種の神秘性を感じなくもない。

　現にあれほど化けの皮を剥いでやると息巻いていた彼らも、今ではすっかり雰囲気に呑まれてしまったのか、借りてきた猫のように身動（みじろ）ぎ出来ずにいた。

　しかし、彼女には視えて……いや、知覚されていた。この姿は幻術によるものだ。ミストリアに視線を向けると、やはり同様に頷きを返し、言外に肯定の意を示している。

　このまま一切皆空（アッシュ・トゥ・アッシュ）で幻術を消すことは容易い。しかし、その時には四鏡増鏡（ステルス・ミラー）も一緒に解かれてしまうだろう。今の彼女の技量では、選択的に魔法を消去することは困難を極めるからだ。

　それに暴いたところで、ここにはダイバ老師と偽者、僧官たちを除けば、自分たち四人しかいない。表に出て声高に不正を叫んだところで、圧倒的多数の偽証によって塗り潰されてしまうことだろう。

　正体を暴くのであれば、もっと大勢の……且（か）つ、影響力が強い人々の前が最良だ。そして、それには心当たりがあった。

「御身は明日の結集（けつじゅう）にも出御（しゅつぎょ）あそばされる。貴殿らも我が一党に加わり、天上の祝福を授かるが宜（よろ）しかろう」

　ダイバ老師の威厳に満ちた言葉に、ラーマたちは声を震わせながら感謝の口上を述べる。よもや懐柔されてはいないだろうが、確かに陶酔させられそうになるのも無理はない。

　彼女は当初、老師は非常に欲深く、天人地姫を利用して座長を狙う姑息な人物だと考えていた。大筋ではそれも間違ってはいないだろう。

　しかし、老師の外見からは私欲に塗れた低俗さが感じられない。むしろ、ある種の高潔さを身に纏っており、徳めいたものすらも醸（かも）し出されているほどだ。

　正（まさ）しく、昨日アナン老師へ抱いた印象と近縁するものである。そして、心做（こころな）しか相貌までもが似通っていることに気が付いたのであった。

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。（ログインが必要です）

新規登録で充実の読書を

マイページ: 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる; 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める; フォローしたユーザーの活動を追える
通知: 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴: 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい