第三章 8-1


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「一度、うちの実家に寄ってみてはどうッスかね」


 翌朝、サールナートを発った一行は、が沈む前には最後の聖地である教都クシナガラへと到着した。彼方にはケンモン関を凌駕する広大な山脈が続いており、それはあたかも巨大な登山口のようである。


 ついに霊峰タカチホを望むことが出来たのだ。彼女は感動に打ち震えると同時に、間もなくこの旅が終焉を迎えることを実感した。


 思わず傍らに立つミストリアを一瞥する。既に過去の記憶で観ているのか、特に感慨深い様子は見受けられない。本当はすぐにでも登頂すべきなのかも知れないが、自分たちには先に片付けるべきことがあった。


 開祖シャーキヤが入滅した地にして、封禅ほうぜんの儀の祭祀場であるタカチホを頂く首都。その活気は今までの街とは比較にならぬものであり、これだけの信徒の人出があれば、ラーマたちも容易には家族に見つからないだろう。


 一方で、偽の天人てんじん地姫ちぎとの対面には困難が予想され、しかも結集けつじゅうの日はもう三日後に迫っていた。


 それまでに正体を暴かねば教国民の信仰は歪められ、次期座長はダイバ老師のものとなる。ラーマの一族は冷遇され、シータとの仲も引き裂かれてしまうことだろう。


 時間は限られているが、無闇に動いても状況は覆らない。一行は一先ひとまず旅宿を手配すると、手分けして周辺から聞き込みをした後、卓子たくしを囲んで今後の方策について協議した。


 まずはミストリアから逗留先のダイバ老師の寺院を襲撃……もとい、訪問してはどうかという案が出た。確かにそれが一番手っ取り早いが、王国との間に深刻な国際問題が生じかねない。


 なお、ここで危惧されることは、教国が王国に対して内政干渉を抗議するのではなく、逆に王国が天人地姫の名を騙り、その御手をわずらわせたことを弾劾だんがいするものである。いずれにしても、両国の間に大きなしこりが残ることは必定であった。


 次にシータからは、座長であるカショウ老師を頼るという案が出た。現行で最大の権威を誇り、恐らくはダイバ老師の暴走を唯一止められる人物であるからだ。


 しかし、カショウ老師は高齢で病床にせているらしく、容易に面会できる状態ではないという。そもそも老師が健在であれば今回の事態は起こり得ず、穿った見方をすれば、そこまで含んでの陰謀という可能性すらあった。


 これといって有効な手立てが思い浮かばず、議論は膠着状態に陥っていたが、そこで口を開いたのがラーマであった。そのあまりにも脳天気な提案に対し、にわかにシータの表情が険しくなったが、図らずも合点がいく部分もあった。


 彼の実家であるイクシュヴァーク家は、現状で唯一、アナン老師を支持する有力なクシャトリヤである。つまりは彼女たちと目指すところは同じであり、協力関係を築けるかも知れないのだ。


 しかも、彼の父親は結集の評議員でもあるらしい。いざとなれば、偽者を糾弾きゅうだんしてもらうことも考え得る。


 思いがけぬ突破口を得た一行は、その日は旅宿で一夜を明かし、翌朝にイクシュヴァーク家の門を叩くこととなるのであった。

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