第三章 7-2


 サールナートは開祖シャーキヤが初めて教義を定めた場所である。それを信仰の原典として、現在に至るまで幾度となく結集けつじゅうによる編集が成されている。


 ここまで来れば、もう教都クシナガラは目と鼻の先である。街としての機能の多くを教都に依存しており、また信徒の滞在も限定的であるため、ブッタガヤほどの賑わいは見受けられなかった。


 一行は早々に旅宿の手配を済ませると、街の名所とされるアショーカの塔へとやって来た。そこは半ば遺跡化しており、起源は教国が独立するよりも古く、旧皇国時代にまで遡るという。


 内部には歴史を感じさせる意匠が施されていたが、それらを通り過ぎてある一角を目指した。この塔には聖地ならではの……いや、聖地として際立たせるものが存在しているのだ。


 考えることはみな同じようで、そこは既に大勢の信徒により人集ひとだかりが出来ていた。菩提樹のときとは違って列を成してはいないようで、彼女たちは集団の後方へと近寄ると、視線を上げて一際大きな柱頭を眺めた。


 それは四人の人物が背中合わせに並ぶ胸像であった。随所でひび割れや剥離が見られたが、髪の長さや胸の膨らみから女性であることが分かる。


 流石さすがに遠距離からでは細かい相貌そうぼうまでは判然としないが、その神々しい姿は荘厳であり、観る者に畏敬の念を抱かさずには要られなかった。


 居並ぶ信徒の目からは涙が零れ落ち、中にはひざまずく者さえいた。隣に立つシータの瞳も潤んでおり、ラーマもまた神妙な面持ちで佇んでいる。


 それも無理からぬことであった。この胸像がかたどるもの……それは天人てんじん地姫ちぎに他ならないからだ。


 一説には、これが天人地姫を主題とした最古の美術品なのだという。帝国による焚書坑儒ふんしょこうじゅに合わせ、旧皇国時代を彷彿とさせる構造物の多くが破却、または修繕されずに朽ち果てており、現代まで原型を留める数少ない文化遺産でもあった。


「四人の胸像は過去の天人地姫の御姿を映したものなんだそうです」


 目的の柱頭を拝んだ一行は、その場を後にすると軽く買い物を済ませ、旅宿への帰路に就いていた。胸像を涙ぐみながら見つめ続けていたシータが、その余韻に浸るようにして感嘆の声を漏らす。


 天人地姫がいつから歴史の表舞台に登場したのかは諸説あるが、少なくともシャーキヤにより教義が定められたときには、既に存在していたとされている。


 それというのも天人信仰と巫女たる地姫の確立は、文明と共に生まれた原始宗教が母体であり、教義もまたそれを発展させたものと考えられているからだ。


 流石さすがに柱頭の完成と教義の成立の先後は不明だが、いずれにしても遥か古のことであり、現代からすれば大差のないことでもあった。


「なぁんだ、そうだったんスか。てっきり、昔は天人地姫が四人もいたのかと思ったッス」


 ラーマの素朴な感想に彼女は吹き出してしまう。別に馬鹿にした訳ではない。彼女も同じことを考えて、すぐに一蹴いっしゅうしたからだ。ミストリアのような存在が四人もいたら、幾ら何でもヌーナ大陸が保たないだろう。


 シータがおそれ多いことであると、ラーマの頭を無理やり下げさせて謝罪の言葉を口にする。彼は抵抗を試みようとするも呆気なくその腕に敷かれていた。


 この二人は本当にお似合いだ。絶対に幸せになってほしい。教都クシナガラに向け、決意を新たにして顔をほころばせる彼女に、つられるように二人もまた頬を緩める。


 やがて、夜の帳が互いを隠しても三人は変わらず笑い続けていた。ただ一人、表情を歪めるミストリアに気付くこともなく……。

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