第三章 6-1


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「ねえミスティ、やっぱり最近私に厳しすぎはしない?」


 翌朝、ルンビニを出立した彼女は隣を歩くミストリアに不満気な声を漏らした。しかし、当の本人は素知らぬ顔で首を傾げるだけである。


 いつものように街道を二つの人影が歩いていた。しかし、これまでと異なる点はそれが二組になっていることだ。彼女たちを先導するように、前方にはラーマとシータの二人の狩人……いや、クシャトリヤの姿があった。


 昨夜、二人は彼女のことを天人てんじん地姫ちぎぐうして救いを求めてきた。彼女もまたあまりの出来事に開いた口が塞がらず、ついには否定する機会を逃してしまった。


 二人がそのような誤解をしてしまったのにも理由がある。ひとつは、天人地姫が公の場に姿を見せることは稀であり、最近ではシュンプ平野の軍事演習、王都の成人の祝宴、そして帝都における典礼てんれいと夜宴に限られていたことだ。


 いずれも教国側は、少なくとも公式には参加しておらず、ミストリアと直に接した者はいなかった。教都における偽者騒動もそれを逆手に取ったものであるのだろう。


 また、彼女たちは二人に名を明かしてはいなかった。天人地姫の御名みながミストリアであることは周知の事実であり、他者がそれを名乗ることは忌避されているため、必然的に正体を明かすことになるからだ。


 これらに加えて、氷姿雪魄パーマ・フロストの消去と狂躁熊クルーエルベアの瞬殺、そして教都を席巻するダイバ老師への反発が重なり、二人は眼前に降って湧いた希望にすがり付いてしまったのだろう。


 結局、ミストリアからは誤解を解くことを禁止され、また天人地姫の秘匿は陪従者の務めでもあることから、渋々ながら替え玉となることを承知した。しかし、絶対にミストリアは面白がっているのだという確信が彼女にはあった。


 そして、二人は彼女のともをすることを願い出た。せっかく村への定住が認められたところなのだが、これまでの経緯を考えれば無理もないことではある。


 教都にいる天人地姫が偽者であることを証明できれば、それを信認したダイバ老師の失脚は避けられない。


 必然的に次期座長はアナン老師となり、シータの一族も手の平を返すようにアナン派に戻ってくることだろう。すれば、二人の婚姻の障害となるものは無くなるのだ。


 彼女たちにしても、王国から遠く離れた教国の情勢には疎く、また迂闊に正体を明かせないため、二人の申し出は渡りに舟でもあった。こうして互いの利害が一致したことから、教都クシナガラへと向けた四人旅が始まったのであった。


 目指すべきはヌーナ大陸の北端、霊峰タカチホを頂く教国の首都。街道を北上して教国を縦断する道程となるが、それほど国土は広くないため、今の彼女たちであれば二週間ほどで踏破できると思われた。


 帝国と比べれば随分と短期間ではあるが、あちらはサナリエルによる介入もあり、もっぱら馬車による移動が主であった。


 此度こたびの御幸において、幾多の先例に反して彼女が教国まで辿り着けたのは空属性の力もあるが、行程の多くを乗り物に頼っていたこともまた大きい。


 しかし、教国では今まで以上に正体を隠し、信徒に紛れるようにして進まねばならないため、原則どおり徒行を余儀なくされることになった。


「この先にありますのは、聖地ブッタガヤでございますッス」


 信徒の巡礼は四大聖地を参詣さんけいするものであり、いずれも街道上に位置していることから、食糧の調達や旅宿の確保も兼ねて立ち寄る予定である。


 それにしても、ラーマの口上には未だに慣れない。名門の家系らしく、本当は上品な物言いも出来るそうだが、あまり仰々しい態度だと周囲に怪しまれてしまうため、今までどおりの言葉遣いを頼んでいた。


 最初は畏れ多いと恐縮しきりの二人であったが、同行する内に徐々に固さが取れてきたようで、いつの間にか賑やかな旅路となっていた。そして、ルンビニを発つこと四日、一行は第二の聖地ブッタガヤへと到着した。

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