第三章 5-1


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「本当に、これを全ていただいても宜しいのですか?」


 人喰いの魔物、狂躁熊クルーエルベアの突然の襲来は彼女の新たな力、五蘊皆空ダスト・トゥ・ダストにより事なきを得た。対象のプラナを収奪する力は、狩人を屠る凶悪な魔物をも絶命させるに至ったのだ。


 程なくしてミストリアが合流し、満身創痍の彼女たちに回復魔法を掛けてくれた。ついでにシータには清浄無垢バース・バイ・バスも施したため、まるで命の恩人とばかりに感謝されていた。


 そして、丸太兎ファッティラビットとラーマの目覚めを待って、二人が身を寄せている村、ルンビニへ向けて出発したのであった。


 途中、森を抜けて街道に出たところで、白茶と灰茶の毛塊けだまに別れを告げる。二体は名残惜しそうに彼女の膝下に頬を擦り寄せた後、茂みの奥へと消えていった。ラーマとシータも無言でそれを見送っていた。


 一方、狂躁熊に関しては、放置するにはあまりにも巨大であるため、ルンビニまで運び入れることとなった。


 もっとも、運搬するには人手が足りず、久々のミストリアの泡人形の出番となった。道中では行き交う人々から奇異の目で見られたが、そこは狩人である二人が上手くり成してくれた。


 そのまま街道を半日ほど歩き、恒星が西の彼方へと沈む頃には、目的の場所へと辿り着くことが出来た。


 ルンビニは小さな集落であり、発展具合も道中に立ち寄った村々と大差はないが、れっきとした教国四大聖地の一つである。


 ここは開祖シャーキヤの生誕地であり、意図的に当時の生活様式を継承しているそうだ。毎年多くの、特に封禅ほうぜんの儀の年には膨大な数の信徒が訪れるため、定住人口に反して裕福な村でもあった。


 しかし、それならば何故、ラーマたちは村を追い出されるというのだろう。彼女は腑に落ちなさを感じながらも、村長という人物に狂躁熊を丸ごと献上した。


 少し気前が良すぎたが、どうせ自分たちでは処理できないし、獲物を狩れなかった二人の代わりでもある。また、教都で何らかの異変が起きていることから、その情報を得るために心証を良くしたいという思惑もあった。


 その晩は解体された熊肉を囲み、村を挙げての祝宴となった。狂躁熊は狩猟や採集の脅威として周辺の村々の悩みの種であったことから、今回は図らずも御幸ごこうの本分を全うしたことになる。


 よもや自身が救世済民きゅうせいさいみんの一助となるなど、王都を発ったときには思いもせぬことであった。この旅始まって以来の快挙に、誇らしげに表情を緩める彼女であったが、喜色満面の村長が語った言葉に絶句してしまう。


「狂躁熊の胆嚢たんのうは万病の薬となります。これは善き天人てんじん地姫ちぎへの寄進物きしんぶつが見つかりました」


 村長は切り取った臓腑ぞうふを豪華な香箱こうばこに入れると、それをミストリアに献上する……こともなく、宴を中座して自身の屋敷へと消えていった。


 彼女が狐につままれたような面持ちで周囲に尋ねると、彼らは濁酒チャンで赤らむ顔を綻ばせながら語ってくれた。


 今から遡ること一月ほど前、教都クシナガラに天人地姫が着御ちゃくごあそばされたという噂が駆け巡った。一方で、教国への入国も道中での奇跡も確認されておらず、当初は誰もが半信半疑であった。


 しかし、教国の重鎮であるダイバ老師がくだんの人物を審問し、これが真であると認定したことから教国民は熱狂して尊崇そんすうの念を示した。


 教国全土からこぞって名物珍品が寄進され、逗留先とうりゅうさきである老師の寺院には、昼夜を問わず拝謁を求めて長蛇の列が出来ているという。


 ここルンビニも四大聖地の一つであることから、りすぐりの寄進物を求めて難儀していたらしい。ラーマたちは新参者であることから、特に風当たりが強くなってしまっていたが、此度の一件で完全に村の一員として認められたようである。


 それ自体は喜ばしいことなのだが、彼女からすれば不愉快極まりない話であった。何せその教都にいる天人地姫とやらは全くの偽者だからである。


 しかし、それをこの場で声高に叫んだところで誰も信じないどころか、不敬者として袋叩きに遭いかねない。やはり、この場は大人しくやり過ごす他にないだろう。


 やがて、宴もたけなわとなり、今夜はラーマの家に厄介になることにした。本当は村長からも招待を受けていたのだが、偽者を信奉する姿には辟易させられており、またシータもしきりに勧めてきたことから、こちらの方が気が休まると考えたのであった。

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