第三章 3-2
「さて……そろそろ出てきても良いわよ、あなたたち」
丸々と太った体躯に、全身を覆う白茶と灰茶。まるで
思わず身構えてしまう彼女を制し、悠然と近付いていくミストリア。固唾を呑んで見守る彼女を尻目に、すぐ傍まで寄ると両手を伸ばして各々の額を優しく撫でる。
二体の毛塊、いや魔物はまるで母親に甘える子供が如く、目を細めて嬉しそうな笑顔を――毛に覆われて表情は見えないが――浮かべているようであった。
彼女は当初、
この魔法は人のみならず、魔物や動物に対しても効果を及ぼす。しかし、あくまで一時的なものであり、あれから既に半日以上が経過しているため、手懐けているといった方が正しいのかも知れない。
ミストリアにはシュンプ平野でサンドワームが懐いていたこともあり、伝説と謳われた魔物に比べれば、
なお、世界には生業として魔物を使役する者たちがおり、彼らは魔物遣いと呼ばれている。特に王国の南方に国境を接する
王国民からは野蛮な人種であると蔑まれているが、その戦力は決して侮れないものであり、しばしば王国の南部を脅かしてきた歴史を持つ。
現在はハジ家の尽力により友好的な関係が築かれており、王国の文化や慣習も取り入れられてきているようだ。
それにしても、ミストリアはこの毛塊たちをどうするつもりなのだろう。いくら
そんな彼女の視線を察したのだろう。
「この子たちには、あなたの練習相手になってもらうわ」
それが何の練習なのか、考えるまでもなかった。昨日失敗した、いや相討ちになったプラナを奪う力を鍛えるためのものだ。
今まで彼女は、プラナを対象の内部に存在する物質と認識していた。そして、魔法を消去する技術の応用で、プラナに宿る魔力の対消滅と因子の除去をしているのだと思い込んでいた。
しかし、プラナが実体なき概念であるならば、その行為もまた別の意味合いを帯びてくる。自分が消していたものは、あくまで魔法と同じくマイナに宿る魔力であったのだ。
ただし、それが魔法と異なる点は、その魔力の由来が自然界に普遍的に存在し、マイナに取り込まれたものではなく、対象の生命力を因子が吸収し、そして変換したものだということだ。
つまり、プラナを奪う力とは、対象の周囲に存在するマイナから魔力を消滅させることで、枯渇した因子に生命力の搾取を誘発させ、それを極限にまで反復させるものであったのだ。そこまで理解したならば、これから何をすべきかも自ずと導き出されてくる。
やがて、ミストリアの手を離れた白茶の毛塊が、
その突進の勢いは昨日と寸分違わぬものであり、このままでは同じ結果を繰り返すことになるだろう。たとえ接触の瞬間にプラナを奪取したとしても、直前の動作までは無くすことが出来ないからだ。
しかし、結論から言えば、今回はそうはならなかった。彼女は気絶していないし、弾き飛ばされてもいない。空は変わらずどこまでも青く広いが、それを溢れる涙とともに見上げることもなかった。
彼女のずっと前方で、丸太兎は触れることなく、ただの毛塊に戻っていた。
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