第一章 10-2


 彼女の表情の変化を目敏めざとく察したのか、トウタクは喜色満面の笑みを浮かべながら声高らかに宣言した。もはや疑う余地などない、彼らはカイン復権派であったのだ。


 カイン復権派とは、かつて大陸を支配していたカイン皇国への回帰を目論む思想集団である。帝国における過激派の急先鋒として、武力による大陸統一を強硬に主張していた。


 それだけならば帝国の主流派と大差ないが、そこに一切の政治的妥協はなく、たとえ臣民であっても穏健的な論調を呈する者は、容赦なく暗殺や破壊活動の標的とされてきた。


 そのあまりにも狂信的かつ拙速な行動原理に業を煮やした帝国は、国益を害するとして集団の解散と思想の脱却を命じた。


 しかし、その中核を担っていたのは旧皇国の残党の末裔とされており、彼らは命令には従わず地下に潜って活動を継続していると囁かれてきた。


 とはいえ、なぜ自分がさらわれたのか。こう言っては語弊があるが、帝国に対して何らかの要求を突き付けるのであれば、皇女の方が人質として適任ではないか。


 実際、私邸にチョウセンを潜ませていたのは、いつかこのような行動を起こすための布石であったのだろう。


 トウタクらの行動には疑問があるが、根本的には帝国から非合法と認定された危険集団である。何がその暴発の引き金となるか分からず、発言には慎重をす必要があった。


 しばし問うべきことを熟慮する彼女であったが、やがてトウタクはそんな思案を知ってか知らでか饒舌に語り出した。


「誤解をせんでほしいが、我らは決して復権派などという安易な輩にくみするつもりはない。奴らとは既にたもとを分かっておる」


 自分を誘拐したことはその安易には含まれないのだろうか。彼女は喉元まで出掛けた言葉を抑えながら、少しでも情報を得るためにトウタクの話に耳を傾ける。


「我がチュウエイ家は、代々皇国の将軍位を輩出する名家であった。大戦後は帝国で清貧に甘んじていたが、我は祖先の名誉を取り戻すべく、軍に志願して家の再興を誓ったのだ!」


 その宣言にチョウセンたちは感涙にむせんでいた。同族であることは聞いていたが、或いは他の男たちもそうなのかも知れない。確かに言っていることは立派だが、今の自分たちを省みて恥じることはないのだろうか。


「我は皇帝の寵愛を受け、若輩ながらも武官に任じられた。これもまた祖の導きである。そして、帝国に息づく皇国の遺志を垣間見たのだ。その火は炎となりて、今もなお激しく燃え盛っておった!」


 帝国の前身が皇国であることは公然の秘密である。そして、帝国の拡大政策が皇国への回帰であることも、決して見当違いなことではないのだろう。


 トウタクは帝国の中に皇国を見出し、その精神を受け継いだと思い込むことで、過激な復権派からの脱却を果たしたのかも知れない。しかし、それならば何故、このような暴挙に及んだのか。


「帝国による大陸統一こそが祖先に報いるものである。しかし、先の軍事演習に従軍したとき、我が目を疑い……そして、絶望したのだ」


 そこまで語ったところで、トウタクは彼女を見据えた。その目は焦点が合っておらず、自分ではなくその背後に向けられているようである。


「帝国軍がたった一人の小娘にあしらわれるなど、あって良いはずがない。これでは祖先に顔向けが出来ぬではないか!」


 トウタクの一方的な主張に、チョウセンたちが叫声きょうせいを上げて拳を突き上げる。そう、狙いはミストリアであったのだ。彼らは自分を人質にしてミストリアを抑えようと……いや、殺そうとしているのだ。


 しかし、それならばまだやりようがある。ミストリアが彼らにおくれを取る訳がない。今は信じて待つしかないと考えたとき、彼女の耳には聞き慣れた凛とした声が響いていた。


「ご高説は拝聴したから、そろそろ出てきても良いかしら」

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