第一章 9-1
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「明日と言わず、いつまでも此処に居てくだされ」
帝国の
無論、宮殿にも皇女のための私的な区画はあるのだが、そこでは何かと自由が
皇女は皇位継承権を有するため、私邸には帝宮に次ぐほどの厳重な警備体制が敷かれており、門の前では兵士が強張った表情で番をしていた。また、内部にも様々な仕掛けが施されているらしく、ミストリアは魔力の反応を感知したようだ。
そして、皇女は二人を貴賓室に案内すると、就寝の挨拶を告げて自室へと帰っていった。そこは
「今日は疲れたわね。明朝にはここを出るから早めに休むとしましょう」
ミストリアは欠伸をしながら早々に寝台へと入っていく。室内の調度品はいずれも
それは
また、内部には弾力性に富んだ
「失礼いたします。湯浴みのご用意ができましたが、いかがいたしましょうか」
どうやら皇女の侍女らしく、思い返してみれば今日は
彼女も気になって
念のためミストリアにも声を掛けてみたが、もともと舞踏には参加しておらず、またいつの間にか自分だけは済ませていたらしく、もう寝台から動くつもりはないようである。
貴賓室を充てがわれた手前、豪華な寝台を汚してしまうことを懸念した彼女は、特に断る理由もないため、その申し出に素直に応じることにした。
「それでは、浴場までご案内いたします」
扉を開けた先には年若い侍女が頭を垂れて立っていた。彼女は礼を告げてその後に付いていく。途中で侍女から、屋敷には様々な仕掛けが施されているため、装飾品には
夜宴からの帰りであるため、もうすぐ日付は変わろうとしていたが、廊下で巡回中の兵士と擦れ違い、改めて警備の厳重さと皇女の重要さを認識させられる。
そして、
「ここでお召し物をお脱ぎください。不肖ながら私がお世話をさせていただきます」
侍女に言われて着慣れた旅装束に手を掛けたとき、不意に迷いが生じた。彼女は着替えを持ち合わせておらず、入浴後にまた同じものを身に付けては臭いが移ってしまう。
しかし、既に脱衣所には寝衣が用意されており、その心配は杞憂のようであった。どうやら皇女の指示によるものらしく、これまでの旅路で替えの衣装がないことは看破されていたようだ。
いつの間にか
貴族の常というものか、侍女の前で裸体を晒すことには特段の抵抗はない。人に身体を洗われることも習慣的なものである。
しかしながら、王都を旅立ってからというもの、こうした入浴は実に久方ぶりのことであった。宿場町によっては浴場もなく、殆どは
確かに便利この上ない魔法ではあるのだが、些か疲れが取れないと感じることもあった。今日こそはゆっくりと日頃の疲れを癒やし、また明日から始まる徒行に備えようとしていた彼女であったが、そんな胸中を知ってか知らでか侍女は淡々と語り始めた。
「それでは、トウタク様からの
突然のことに彼女は目を丸くしてしまう。しかし、侍女はそれこそが本題であると言いたげな顔をしており、最初から入浴の機会を利用して接近したようであった。
滞在先が皇女の私邸となることは、夜宴の終幕時に初めて知らされたことである。つまりは、トウタクの言葉が一段と信憑性を帯びたということになる。
侍女の名はチョウセンといった。どうやら彼の親戚筋にあたるらしく、名家の娘が主筋の使用人となることは珍しいことではない。同様の習慣は王国でも頻繁に行われており、ホーリーデイ家もまた下級貴族の子女を迎えていた。
その目的は主家への忠誠の証であり、また奉公を通じて関係性を深めることにある。しかし、一方で暗黙の了解として情報収集や諜報活動の役目も負っており、今回は後者の意味合いが強いようにも思われた。
「明朝、
それは最も聞きたくないことであった。この
「疑念を持たれるのは当然です。しかし、私たちはあなたが帝国に留まることを望んではおりません」
それこそ不可解な話であった。帝国が自分を留めておきたい理由は明らかである。自分を手元に置いておけば人質として、いや帝国こそがホーリーデイ家の在るべき場所として、王国から天人地姫を離反させられるやも知れないからだ。
それは帝国の軍人、
「現在の帝国の在り方を善しとしない者もいるのです。これ以上、私からは申し上げられませんが、あなたとは利害が一致するはずです」
王国に諸侯の確執があるように、帝国にもまた複雑怪奇な事情があるのだろう。しかし、彼らの言葉を信じるか否かはまた別の話である。ミストリアが自分を帝国に置いていくなど信じられない……いや、信じたくなかった。
「では、もしも天人地姫が先に旅立つようなことがあれば、その時は私たちをお頼りください。必ずや、お二人を引き合わせる力となることをお約束します」
そこまで言われてしまっては信じずとも頷くより他なかった。元より
やがて、湯浴みの時間も終わり、彼女はチョウセンの用意した寝衣に着替えた。
それは彼女の純潔をこの上なく顕してはいたが、比喩ではなく本当に透けていた。彼女は慌てて元の旅装束を探したが、既に洗浄のために回収された後であった。
その後、二人は内部を巡回する兵士たちの目を掻い潜り、時には緊急用の隠し通路までをも利用しながら、ミストリアが眠る貴賓室へと戻ってきた。その理由は言わずもがな、彼女のあられもない姿にあった。
全ては皇女の
そして、こっそりと寝台に潜り込んだのだが、ミストリアにはしっかり見られていたようで、延々と説教を受ける羽目になるのであった。
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