第一章 7-2


「これより、玉座の間にて御会見ごかいけんと相成ります」


 宮殿の客室に控える二人に皇女が声を掛ける。皇帝との邂逅後、動揺が収まらぬ様子のミストリアであったが、今では幾分か気も落ち着いてきたようである。


 いったい、ミストリアはどうしてしまったのか。確かに相手が皇帝ともなれば、常人では足が竦んでしまうのも無理はない。


 それでも、ここにいるのはミストリアなのだ。超常的な力を誇る天人てんじん地姫ちぎ、帝国の覇道を阻む唯一無二の調停者であるのだ。


 ミストリアはヌーナ大陸の希望……地上に燦然さんぜんと輝く星だ。しかし、天上を雲が覆うことがあるように、その煌めきも時にはかげることがある。ならば、それを埋めるのが自分の役目ではないだろうか。


 不調のミストリアを補佐し、その意思を高らかに代弁する。そう意気込んで椅子から立ち上がった彼女であったが、それを見透かされたかのように皇女に機先を制されてしまう。


「御会見は御身と陛下のみで行われる。すまぬが、ニー様はここで待っていてほしい」


 どうやら帝国側も皇帝単身で臨むらしい。しかし、如何に相手が天人てんじん地姫ちぎであるとはいえ、護衛も付けずに立ち会おうとは剛毅ごうきなものである。いや、むしろ天人地姫であるからこそ、護衛の有無など詮無きことなのだろう。


 本来は帝国側が譲歩した形だが、今のミストリアを独りにすることには不安があった。あの尋常でない様子には、まさか精神系の魔法を行使されたのかと疑うところだが、それこそミストリアを相手には有り得ないことであった。


「私のことなら平気よ。それよりも自分の身を心配してなさい」


 一瞬、怜悧れいりな視線が皇女に向けられたが、まるで暑気払しょきばらいかのように受け流されてしまう。しかしながら、その様子にミストリアの調子が戻ってきたことを感じ、少しだけ安心もするのであった。


 皇女は怪しげな笑みを残すと、ミストリアを連れて部屋を出ていった。ただ一人取り残された彼女は、挫かれた意気を持て余しながら室内をぼんやりと眺めていた。


 宮殿は広大な版図から集積された莫大な富で溢れ、宝物庫には金銀財宝が山のように眠っていると噂されている。


 一方、内部は実用性を重視した造りになっており、入口や回廊では奢侈しゃしな装飾はあまり見受けられなかった。これでは規模こそ劣れども、王宮の方がぜいを凝らしていそうなくらいである。


 それも質実剛健を重んじる帝国らしいと言えるが、実際にはそう単純なことでもなく、巧みに使い分けがされていた。


 例えばこのように使者を控えさせる客室では、床や壁、天井に豪奢な装飾が施されており、調度品にも貴金属や宝石が惜しげも無くあしらわれている。


 これも使者を十分にもてなし、帝国の威信を示すためなのだが、今回が二度目の参内さんだいとなる彼女には気が付いたことがあった。


 一年前も国使である母の従者として宮殿に足を踏み入れたわけだが、そのときに案内された客室とは明らかに格差があるのだ。


 つまりは、そういうことなのだ。帝国は使者に応じて客室を分けており、今回は最上級のもの……貴賓室きひんしつなのだろう。賓客ひんきゃくが天人地姫とあらば、その対応は至極当然のことであった。


 不意に、前に書物で読んだ逸話を思い出した。今よりも幾分か古い時代、まだ大陸に三国以外にも強国と呼ばれる国家があった。その国には帝国からも一目を置かれるほどの才気に満ちた英傑がおり、あるとき国使として帝都を訪れたのだそうだ。


 しかし、なぜか帝国は英傑を粗末に扱った。案内された客室は見るからに簡素な造りであり、帰国の土産として持たせた進物しんもつも貧相なものであった。結局、英傑は使者としての役目を果たすことが叶わなかった。


 次に、別の者が使者に赴いた。そのときには帝国は英傑よりも豪勢な部屋に案内し、帰りには国王のみならず、使者個人にも向けて莫大な宝物を持たせた。


 その使者は姑息で不誠実な人物であり、個人的に褒美を受けたことは隠して王に報告したのだが、それでも目が眩むほどの財宝であったため、王を大いに喜ばせた。


 一方、前回とはあまりにも待遇が違うため、英傑が何か非礼を働いたのではないか、或いは嘘偽りを申していたのではないかと嫌疑を掛けられることとなった。


 やがて、同じことが繰り返されていく内に、いよいよ王も英傑に対して疑念を抱くようになる。英傑の高潔さを知る臣下たちの諫言かんげんにより、刑罰が与えられることこそ避けられたが、官職を解かれて野に下る結果となった。


 その後もくだんの使者にだけ帝国は厚遇を続けた。ときには、帝国にとって不利な条件で協定を結ぶことさえあった。使者は王の寵愛を受け、代え難き有能な人物として重用されていった。


 しかし、しばらくしてその国は滅びた。直接的な原因は帝国の侵攻によるものだが、既にその頃には国力は痩せ衰え、見るも無残なまでに内部崩壊していた。


 使者は無能な凡夫ぼんぷに過ぎず、幾度となく失政を繰り返した。また、自分よりも有能な人物からの追求を恐れ、王に讒言ざんげんして処分させることもいとわなかった。


 それだけでも極刑に値しかねない重罪だが、国を裏切って帝国に機密情報を漏らしており、また晩年には敢えて国力を削ぐ政策すらも執っていたのだから、もはや国賊というより他なかった。


 国賊は自分の身だけは安堵されるように帝国と密約を交わしていたが、侵略後には呆気なく反故ほごにされ、九族皆殺しとなった。しかし、国民の怨嗟の声が止むことはなく、帝国への併合に諸手を挙げて賛同した。


 そして、帝国がもたらした莫大な財産は国庫へと戻り、追放された英傑たちは新体制に登用とうようされていった。こうして国の存在だけを消して、その地は帝国の一部として再出発を果たすのであった。


 彼女はそこまで思い出したところで、この部屋こそがくだんの使者を厚遇した場所ではないかと寒気がした。やはり、帝国は油断も隙もないと気を引き締め直す。


 結局、ミストリアが御会見を終えて戻るまで、誰かが部屋を訪ねてくることはなかった。その頃にはもうミストリアは調子を取り戻しており、安心した彼女は喜び勇んでそれを迎え入れたのであった。

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