第一章 5-2
端的に言えば皇女は
国境付近ということもあり、その出で立ちは薄く織り込まれた絹の装束に、帝国の
戦場に立つ旗手として
一方、外見こそ
皇女は彼女の一つ下ということもあり、打ち解けるまでにそれほど時間は掛からなかった。彼女も将来的にはウィンダニア王女に仕えることになるため、主従関係となる女性との接し方についても教育を受けていたからだ。
しかし、思いの外、皇女が親密に距離を縮めてきて……そう、具体的には身体に密着してくるため、内心では戸惑いを感じてもいた。
「親しき者はそなたをレイニーと呼ぶのか。では、妾はニー様と呼ぶことにいたそう」
何やら発音が兄様とも聞こえたため、まるで男性みたいだなと内心で苦笑する。
皇女の真名はサナリエル=トク=シュウシンカン。ヌーナ大陸で唯一、トクの姓を冠する帝国の皇族である。それは大陸で比類なき存在であることの証でもあった。
しかもまだ当主ですらないのだから、皇女と比べれば
「お
彼女はやんわりと
「ニー様が案じることはない。妾に逆らえる者などそうは居らんのでな」
皇女は屈託なく笑うが、彼女は一転して冷ややかな感情を抱いていた。確かに皇女には抗うことを許さぬ絶対的な権力がある。しかし、それを傘に来て
「親しき間柄にも礼儀がございます。皇女で有らせられるサナリエル様に、国使の従者に過ぎぬ私ごときが礼を失すれば、それは帝国に対する叛意と映るでしょう」
そして、それは格好の口実となる。天人地姫がいる以上、よもや武力衝突という事態には発展し得ないが、長きに渡り覇者として君臨してきた帝国には、国力を削ぐ
彼女の剣幕に
「妾のことを親しいと思ってくれるのじゃな。では、これからはサニーと呼んでほしい。お父様やお兄様にもそう呼ばれておるのでな」
もはや彼女は呆れて言葉を失ってしまった。もしも人前でそのようなことを口走ってしまったら、たとえ皇女が許しても臣下から無礼討ちに遭いかねない。
無礼討ちの実に厄介な点は、臣下の立場としては
貴き身分の方には、その言動が下々の者たちの道を惑わすことのないように、
皇女の好意を
その後、
当初はその傍若無人さに辟易させられた彼女であったが、時が経つに連れて次第に情が移ってきたのか、帝都が近付く頃には友人……或いは、不敬ながらも手の掛かる妹のように思い始めていた。
しかし、決してサニーと呼ぶことだけはしなかった。皇女もまたそれを気にしていたのか、ニー様と呼ばれることもなかった。
如何に距離が縮まろうとも、心を通わせた気になろうとも、歴然とした身分の差が二人の間には存在しており、それを越えてはならなかったのである。
そして、そろそろ王都が恋しくなり始めた頃、
やがて、
最初、そこに居た人物が誰なのか分からなかった。いや、疑う余地などないはずだが、これまで供をしてきた人物とはどうしても重ならなかった。
「久方ぶりの善き時間であった。レイネリア殿には妾の道楽に付き合わせてすまぬことをした。数々の
これまでの暗愚な無邪気さは何処へと消え、その表情は曇りなき
そして、やはり目の前にいるのがサナリエル皇女であることを確信した。それは趣こそ異なれども、ウィンダニア王女に
「私のような下賤な者に供を許して頂き感謝申し上げます。サナリエル様の御心に気付かず、己の不明を恥じる
彼女の謝辞に皇女が
「次に逢うときはサニーとお呼びくださいね、ニー様」
結局、帝都滞在中に皇女と顔を会わすことはなく、やがて国使の任を
皇女の艶めかしい唇が耳に触れた瞬間、それは背筋が凍り付くような、それでいて甘美さに身悶えするような、筆舌に尽くしがたい感覚に襲われた。そして、それは思い出す度に彼女の心身を
忍び寄る煩悩を振り払い、視線を荒野の先へと戻したとき、
そして、その地には
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