第一章 4-2
「
ワームとは古の英雄譚で語られる邪悪な魔物、
この地方の伝承によれば、シュンプ平野の
なお、魔物と動物の明確な線引きは難しいが、一般的に魔物とはマイナの影響を受けて変異した動物の個体、或いは種とされ、上位種ともなると魔法を行使するものまで存在する。
しかし、
数日前には荒野を往来する商隊がそれらしき姿も目撃しており、体高は大型馬車を遥かに上回り、体長に至っては地上に露出しきっていないにも関わらず、
そのときは隊列を無視するように離れていったが、間近に迫ってきたら実に壮観な光景だろう。叶うことならば一度直に観てみたい……というのが、彼女の
そして望みどおり、眼前には噂に違わぬ巨体が鎮座していた。やはり戯曲で語られる龍というよりは、全体的に蛇のような丸みを帯びた
しかし、細長いといってもあくまで相対的なものだ。その胴体は大人が数人がかりで
体表は黄土色を基調とした鱗で覆われており、先端にあたる部分には岩のような外骨格が発達、中央の二つの窪みからは野性味に溢れた赤い瞳が覗いている。また、下部の口と思しき隙間からは、二股の舌が小型の蛇のように出入りしていた。
それは
その威容を誇示するように鎌首を持ち上げた巨体が、まるで愛嬌でも振りまこうとしているのか、ミストリアが伸ばした手に頬を擦り寄せていた。
周囲では商隊が遠巻きにこちらの様子を窺っている。果たして、彼らの目にはこの光景がどう映っているのだろう。大規模な隊列すら凌駕する巨大な魔物が、一人の
この事態について考えられるものとして『
ミストリアは
しかしながら、ミストリアは魔法を行使してはいなかった。つまりは、本当に
今から百年ほど前、当代の
ところが、
種としての生存本能がなせる
以来、御幸に合わせて
しかし、同じ天人地姫であるとはいえ、何代にも渡ってこうも懐いている様子を見せるのは、やはり本能的に何かを感じ取っているからなのだろうか。
それにしても、これではあまりにも目立ち過ぎる。この光景を観た者の口に
それにキノ家に動向を捕捉されていたくらいである。大陸の覇者たる帝国を誤魔化せるはずもない。案外、もう
その整然とした光景を想像し、思わず身震いをする彼女であったが、視線を戻した先でミストリアが砂竜を
それは神々しいと表現すべきなのか、それとも禍々しいとすべきなのか。観察者によって評価が分かれるところだろうが、彼女にとっては間違いなく前者であり、やがて意を決したように近付いていった。
「……無理しなくて良いわよ」
彼女の姿を認めてミストリアが警告する。砂竜は天人地姫には懐いているが、一緒にいたはずの当主はその限りではないのだろう。
その獰猛な姿からは全身が総毛立つような畏怖を覚える。幾ら
しかし、彼女はミストリアの隣に並び立つと、恐る恐る手を伸ばして頬にあたる部分へと触れた。一瞬、巨体が跳ねるように大きく脈打ったが、やがて嬉しそうに目を細めて舌を出してくる。
ミストリアの口から溜め息が漏れた。何がそのような蛮勇に駆り立てたのか、それは彼女自身にもよく分からなかった。
ただ、敢えて言及するのであれば、それは自らの手では決して届かない何かに向けて、それでも尚、藻掻き続けることを諦めたくはないという、そんな心情の現れであったのだと思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます