Weather －姉 のち 姫 時々 神－

序章 ４－１

－４－

「こんなことを言えた義理ではないが、あいつのことは悪く思わないでほしい」

　宴席の会場からミストリアの待つ穹廬（きゅうろ）への帰り道、彼女に付き添いを申し出たのはオオトモ家の当主メイラ将軍であった。

　最初は恐縮のあまり固辞していた彼女であったが、王国有数の武人であるメイラ将軍のどこか憂いを帯びた表情が気に掛かり、何か物言（ものい）いたげなオヒトに別れを告げ、共に野営地の夜道を歩いていた。

　両国の要人が宿営する重要区域であるため、巡回の警備兵を除いて人通りはほとんどなかったが、未だ兵士たちの夜宴は果てぬようで、遠方からは男たちの喧騒が響いてくる。確かにこれでは女一人での帰路は心許ない。

「モリヤ将軍のことでしょうか」

　既に夜の帳（とばり）が下りて久しかったが、随所に設置された篝火（かがりび）のおかげで周囲は薄闇程度には明るかった。

　問題があるとすれば、似たような穹廬（きゅうろ）が多くて迷いそうになることだ。二人は立ち並ぶ半球状の構造物を眺めながら、お目当ての一軒を探すべく進んでいた。

「勿論、宴席での発言は貴族として……いや、同じ女として許せないことだ。しかし、あいつなりに王国を想ってのことだったと信じてほしい」

　二人はかつて同じ人物に師事し、共に切磋琢磨した仲だと聞いたことがある。オオトモ家が近衛として、国王の直下で王都の守備に専念しているのに対し、モノノベ家は諸侯を束ね、国境警備や国外の戦いに従軍するという違いこそあったが、共に国防を担うものとして両人にしか分かり得ない心情があるのだろう。

「メイラ様が気に為（な）さることはございません。それにモリヤ将軍のおかげで、あの場を切り抜ける方法を見つけられたようなものですから」

　その返答に幾分か救われたのか、メイラ将軍の表情が穏やかなものへと変わる。その様子からは、演習時のミストリアへの暴言は耳に届いてはいないのだろう。

「まったくレイネリア殿には驚かされる。両国の重鎮が一堂に会する中で、皇帝陛下に向かって堂々と宣言するのだからな」

　皇帝は決して狭量な人物ではない。しかし、臣下の前で放言を許すほど寛容でもなかった。頻（しき）りに感心した様子のメイラ将軍に、彼女は自嘲的な笑みを浮かべながら謙遜の言葉を述べる。

「ただの女人の浅知恵です。国王陛下や皇太子のお執り成しがなければ、全ては一笑に付されていたことでしょう」

　もしもシバイ皇太子が彼女の意図を汲み取り、口添えをしてくれなければ、あの場はどうなっていたことだろう。しかし、帝国の皇太子が何故、自国の計略を無視してまで自分を擁護してくれたのか、彼女は訝しげな表情を浮かべていた。

「やれやれ、私とて女人の端くれなのだがな」

　そう言って頬を膨らませるメイラ将軍に、彼女が堪えきれずに吹き出すと、二人して顔を綻ばせる。先ほどまでメイラ将軍に浮かんでいた憂いは、既に消え去っているようであった。

「しかし、本当に天人（てんじん）地姫（ちぎ）の御幸（ごこう）に陪従（ばいじゅう）するつもりなのか。今ならば、あの場限りの方便とすることも叶おうが……」

　彼女がその問い掛けに小さく首を振ると、メイラ将軍もまたこれ以上は何も言うまいと頷きを返し、以降二人は黙したまま歩（ほ）を進めていた。そして、漸（ようや）く目的地へと辿り着くと、メイラ将軍から手向けの言葉が送られてきた。

「何か困ったことがあったら遠慮なく申してくれ。そなたが無事に帰ってくることを祈っている」

　次第に遠ざかっていく背を見送った後、彼女は穹廬の入口に手を掛けると素早く中へと身を潜らせた。