序章 3-3


「……レイネリア殿に褒美を与えては如何いかがでしょうか」


 ミストリアとの想い出に浸っていた彼女であったが、唐突に自分の名前が呼ばれたことに身体をピクリと反応させた。宴席の会話に耳を傾けてみると、どうやら話題の中心は彼女に移っているらしい。


「ねぇ、どういうこと?」


 堪らず隣に座るオヒトへ助けを求める。先ほどまでミストリアに陶酔していたはずの彼は、もうすっかり元の状態に戻っており、呆れた表情を浮かべながら答えてくれた。


「だから、今日のミストリア様の御姿を見て、庇護者であるホーリーデイ家も称賛されているんだよ。レイニーにも皇帝陛下からご褒美があるらしいよ」


 褒美と聞いて、彼女は少し複雑な表情を浮かべていた。庇護者といっても、ミストリアの力は生来のもので、別にホーリーデイ家が指南した訳ではない。演習で見せた障壁も幼少時には既に有しており、むしろ守られているのはホーリーデイ家と見る向きもある。


 一方で、戦闘においては比類なき強さを誇るミストリアも、私生活においては意外と杜撰なところがあり、然様さような意味においては、庇護というのも決して誤りではないのだが。


「それは善きことかと。天人てんじん地姫ちぎへとなると些か畏れ多きことですが、庇護者であれば相応でしょう」

「先の演習においては実に堂々たる弁士べんしぶりであった。あれだけの胆力は我が国の文官でもそうはおるまい」


 彼方此方あちこちからの誉め言葉に、彼女もほんのりと頬を染めていた。本当は他国から褒美を受けるなど、あらぬ疑いを掛けられてしまう危険性があるのだが、国王も同席しているのだからその心配も杞憂であろう。


 それに皇帝からの褒美とあらば、かなり豪奢ごうしゃなものになることが予想された。王国で人気の進物しんもつといえば、西方大陸伝来の舶来品と相場が決まっている。


 尤も、帝国では他大陸との交流を禁ずる鎖国政策が執られているため、今回はそれは期待できない。すれば、帝国の鉱山から産出される希少金属や宝石を加工した装身具、或いは生産が盛んな絹布けんぷを織り込んだ衣装かも知れない。


 彼女もまた女人らしく、その華やかな光景に目を細めていたのだが、斯様かような浮ついた気分は、続く帝国の重鎮からの進言によって消し飛んでしまった。


「では、レイネリア殿を帝都の学院に迎え入れてはどうでしょうか」


 最初、彼女はその言葉の意味するところが分からず、訝しげな表情を浮かべていた。帝国の学院が何かは理解している。しかし、それは褒美などではなく、もっと別に……そう、相応しい言葉があるものではないか。


「それは名案ですな。帝都の学院であれば、レイネリア殿の聡明さにも拍車が掛かることでしょう」

「実に目出度めでたきことである。両国の友好がより深まることは間違いあるまい」


 まるで示し合わせていたかのように、帝国側から次々と賛意が述べられた。それはあまりにも露骨であり、怖気おぞけを覚えるほどのものであったのだが、皇帝もまた我が意を得たかのように言葉を重ねた。


「レイネリア殿であれば、サナリエル皇女の良き学友となることだろう」


 ホーリーデイ家は政治や軍事などの実態的な権力を持たない。しかし、天人地姫の庇護者として度々親善外交に用いられており、彼女もまた一度、母に同行して帝国に赴いたことがあった。


 その折に、皇帝の娘であるサナリエル皇女とよしみを結ぶ機会を得たのだが、何故か大層気に入られてしまい、親しく付き合っていたことがあった。


 とはいえ、自分が帝国に長期滞在することの意味が分からぬほど、彼女は幼稚でも凡庸でもない。


 王国と帝国は同盟関係にあるが、先の軍事演習にも見られるように、それは決して盤石なものではなく、天人地姫を介した微妙な均衡の上に成り立っていた。帝都の学院に迎え入れると言えば聴こえは良いが、要はていの良い人質である。


 流石にこの提案には、王国側からは反対の声が挙がった。特にオオトモ家のメイラ将軍は同性ということもあり、帝国における彼女の身の安全を強く案じていた。


 また、彼女の父方の実家であるハジ家のノイテ将軍も、封禅ほうぜんの儀を間近に控え、彼女の不在が儀式に悪影響を及ぼす懸念があるとして反意を唱えた。


 王国の重鎮も彼女を失うことの意味をよく理解していたのだ。しかし、王国軍の指揮官であったモノノベ家のモリヤ将軍は、あろうことか賛意を示そうとした。


「皇帝陛下の御厚意を無下にするとは非礼の極みである。封禅の儀への配意を問うのであれば、タカチホへと出御しゅつぎょあそばされてからでもよろしかろう」

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