序章 2-1


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 帝国軍の火力を物ともせず、微動だにしなかったミストリアであったが、膠着状態となった両軍に向けるように、ゆっくりと頭部を覆っていた頭巾フードを取り払った。


 そこから姿を現したのは、肩の先へと続く金髪を流水のように揺らめかし、宝石と見紛みまごう翡翠の瞳で軍勢を一望する、美しくも恐ろしい、恐ろしくも美しい、年若き少女の相貌そうぼうであった。


 ミストリアは一度顔を上げ、天空に浮かぶ恒星を眩しそうに見遣みやると、今度は視線を落とし、眼下に散らばる無数の矢に目を留めた。


 先の障壁により弾かれた矢は、上空から次々と積み重なることにより、文字通り足の踏み場もないほどに散乱していた。


 ミストリアは小さく溜め息をくと、両手を斜め下方へとかざすように広げる。次の瞬間、身体から淡い蒼光そうこうが放たれたかと思うと、ゆっくり大地へと染み込んでいった。


 しばらくして、地面から無数の小泡が浮き上がった。それらは互いに融合し合い、身長大の泡塊を形成する。やがて、生え出した突起により五体を持った人型へと成長し、自らの脚で大地へと立ち上がった。その数は大小合わせて千体にも及んだ。


有無相生クリエイト・ゴーレム


 無生物に魔力を込めることで、下僕となる人形を生み出す防性魔法である。その体系区分は多岐に渡り、属性、材質、形状、能力、受令など魔術師の数だけ存在するとも言われている。


 一見して水泡を材質としているようだが、本来なら晴天の乾燥地でこれだけ大掛かりな水属性魔法を行使することは不可能である。しかし、ミストリアは地下に向けて魔法を放つことにより、地下水脈から強引に魔法の源たるマイナを掘り起こしていた。


 やがて、泡人形はミストリアを中心とした同心円状の列を作ると、前傾姿勢を取るように前腕にあたる部分を地面へと着けた。


 それはさながら走り出す準備動作のようであり、両軍の兵士たちは進撃に備えて身構えるのだが、肝心の泡人形はその場を動かず、地面に向けて何やら手を動かし続けていた。


 次第に、その行動の意図が兵士たちにも伝わってくる。泡人形は地面に落ちた矢を拾い集めているのだ。それはあたかも子どもたちが森林で薪を集める姿に似ていた。


 そして、泡人形は全ての矢を拾い終えると、器用に列に沿って受け渡しながら側方へと積み上げた。


 その光景を黙って眺めていた帝国軍であったが、指揮官であるシバイ皇太子のもとに副将らしき老将が駆け寄ると、全軍に合図を送って陣形を変化させた。


 先の射撃から構えていた弓を収め、魔術師を後列へと退避させると、前進する騎兵の後ろに歩兵を続かせる。どうやら突撃体制に移行したようだが、遠距離からの攻撃が無効化されてしまう以上、他に打つ手はないのだろう。


 しかし、老将の紅潮こうちょうした様子を見るところ、どうやら先ほどの行為は挑発と受け取られたようだ。ミストリアの真意は定かではないが、地面に散乱した矢は少なからず突撃の障害と成り得たからだ。


 一方、王国軍もそれに迎合するかのように騎兵を先行させていく。本来、王国の中核たる五大諸侯に上下関係はないが、慣例により指揮を執るのは軍事に秀でたモノノベ家のモリヤ将軍であった。


 モリヤ将軍は王国随一の武人であり、勇猛果敢なことで国内外にその名をとどろかせていた。先の帝国軍の老将と同じ思考に陥ったのかは定かではないが、結果としての行動に変わりはないようだ。


 どちらからともなく、両軍の兵士はときの声を上げると、ミストリアに目掛けて突撃を敢行した。両軍ともに騎兵が先陣を切り、後に歩兵が続く進軍となるが、如何せん行軍速度に差があるため、前後にやや距離が開く格好となった。


 やがて、騎兵の第一陣が泡人形の目前に迫ると、勢いに任せて馬上から武器を振り降ろす。見るからに脆そうな泡は容易に弾けるかに思われたが、逆にその弾力を以って騎馬ごと兵士を押し返してしまう。


 たちまち前線は膠着状態に陥った。後続の騎兵が慌てて停止しようとするも間に合わない。泡人形自体に殺傷能力はないようだが、前線では騎兵同士の衝突により負傷者が続出していた。


 泡人形はまさしくミストリアを守る防壁であった。もっとも、全く武器が通用しない訳ではないため、一時は弾けて防衛線に穴を空けることもあった。


 しかし、それらは同心円状に配列されているため、一陣の壁を越えてもすぐにまた次の壁が立ちはだかり、容易に中心部へは辿り着かせない。


 しかも、一定時間が経過すると弾けた泡が元に戻り、苦労して空けた穴を埋めてしまうため、多数の兵士を内側に送り込むことが出来ずにいた。


 騎兵は速度による機動力こそが最大の武器であったが、今やその脚は完全に封じられ、下乗して戦うことを余儀なくされていた。

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