旅立ち

烏羽 楓

第1話

小さい頃に両親を亡くした俺は、心にぽっかりと空いた穴を埋めるかのように人に迷惑をかけるような悪さばかりしてきた。


 身寄りのおじさんおばさんも、そんな俺に愛想を尽かし、いつも我関せずといった感じ。それが余計に虚しさや悲しみを加速させ、より俺は孤独になっていった。


 そんな俺にも高校に行くようになって、親ってこんな人なのかなって思える人と出会った。それが高校一年の時からの担任の先生だ。


 三年間変わることなくずっと担任だったわけだが、これがまぁ熱苦しい性格で、いかにも熱血な先生だった。


 教育の世界も虐待だなんだって煩い世の中だけど、高校に入ってからも変わらずいつものように俺が悪さをすると、なんとびっくり。その担任、迷わず俺のことブン殴りやがった。口の中切れて血は出るは本気で殴られたからかジンジンと頬が痛む。


 自分で言うのもなんだが、当時それなりに尖っていた自分は血の気も多く殴り返して取っ組み合いなんて事も割と多かった。そんな日常を繰り返していくうちに、男ってのは不思議なもんで拳交えてくうちに次第にお互いのことを信頼出来るようになっていった。


 ある日のことだ。

 

 担任が珍しく、奢るから一緒に晩飯を外で食べようという。まぁそういうのもありだと思った俺も二つ返事で誘いを受けた。


 学校の近くのボロいラーメン屋。店のボロさに少し気が引けるが、味はとんでもなく美味い。隠れた名店とはこういうとこの事を言うんだなって思いながらラーメンをすする。あらかた食べ終わった頃、ふと担任が俺に問いかけた。


「なぁ、お前はどうしてあんな悪さを繰り返すんだ?」


 この時、自分でも何故かこの人になら話せるかもしれない、そう思えたんだと思う。気づいたら、自分の生い立ちや育った環境や感じていた想いや苦しみ悲しみを洗いざらい曝け出していた。


 何が驚いたってぐしゃぐしゃに泣きながら話す俺と一緒に先生も泣いて聞いてくれていたことだ。思い返せば、いつだって先生は本気だった。本気で怒って、本気で理解しようとしてくれ、自分のことのように泣いて喜んで、まるで親のように。


 その日以来、こころなしか少し落ち着いた気がするんだ。


 あれから数ヶ月が経ち、季節も移り変わり肌寒い季節になった。残る学生生活もあと少し、今となっては少し寂しさも感じる。卒業までもうひと月を過ぎた。

 

 だけど、どうやら俺だけ少し早く卒業みたいだ。遠くの方から少しずつサイレンの音が聞こえてくる。


 事故に巻き込まれた。


 今までやってきたことに対しての報いだろうか。それとも神のただの気まぐれか。これでも自分では少しずつ更生してきてる自信あったんだけどなぁ。


 事は、ほんの数分前。下校途中での急な出来事だ。


 今日は特別冷え込む日だった。雪こそ降ってないが、いつも使っている道にある大きな橋。この橋の下を通る川は真っ直ぐ海まで繋がっており、吹き抜ける風も強く今日みたいな日は決まって道が凍る。


 融雪剤は、撒いてあったとは思う。だから一言で言えば運が悪かった。


 自分がその橋を渡っている時、通りかかったトラックが風に煽られ、ハンドルをとられたんだろう。コントロールを失ったトラックはスリップして真っ直ぐ歩道側へと突っ込んできた。


 早い段階でその事に気づいた俺は、咄嗟に前を歩いていた女の子二人を突き飛ばした。その直後、トラックは半分橋から突き出した状態で止まり、俺は空を見上げてた。遠くでさっきの女の子の泣き声と悲鳴が聞こえる。


 今まで感じたことがない程に身体中が痛い。まぁでも、腰から下が何も感じない。なんとなく察しはつくから、わざわざ見ないが、恐らくこれが俺の最後になるんだろう。


 短い人生、沢山の人に迷惑ばかりかけてきた。それでも最後に人の為になれたなら良かったかもしれない。

 

 こんな俺でも人を救えたのなら。


 どうせ俺のことだ、誰も悲しみもしないだろう。あー、いや、もしかしたら先生だけは悲しませちゃうのかもしれないな。


 ごめん、先生。でも、ありがとう。


 いつも同じ言葉ばっかだけど、心からそう思うんだ。先生のこと、いつしか親代わりみたいに思ってた。


 なぁ、ちょっと早いけど卒業するんだ。怒るのは勘弁、祝って送ってくれよ。


 元気でな、親父。今までありがとう。


 俺は重い瞼を閉じた。

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