交番からの卒業
それから俺は辞令があった事を班長に報告し、班長の反応を聞く。
「何だって!大木、お前が刑事課に異動か!まさかお前が刑事なんてな、しかしお前のようないじりがいがある奴がいなくなるのは少し寂しいな」
班長の言葉に俺ははっとした。そうか刑事になるって事は交番を離れるという事か、いや分かっていたはずなんだけど。
「どうした大木?」
「ああ、いえ刑事課って事はこの交番から離れるという事ですよね、それだけじゃなく、担当する範囲が広くなるからこの地域の人達と今までのように深く関われないんですよね」
「何だ大木、突然寂しくなったのか?」
「はい、3年もいて実家とあまり変わらないくらい落ち着いていましたから」
俺が寂しい気持ちを吐露すると班長が自身の経験に基づいて話した。
「あのな大木、俺が若い頃は先輩から警官として1人前になるまで昇任試験を受けるもんじゃないと口すっぱく言われたな」
「はい」
「それを真に受けて50にもなって巡査部長止まりだ。だから大木、若いうちからどんどん上を目指せ!」
班長の言う通りだ、多分ずっとここにいたら俺はその心地よさに甘えてしまう。
「はい!俺やります!」
「まあ、やらかして戻ってきたらいじってやるから覚悟しとけよ」
「班長!」
それからある日の金曜日の夕方近くに康太と瑠美ちゃんが交番を尋ねてきた。
「おまわりさん、表彰されたんだっておめでとう」
「おまわりさん、これお祝い。瑠美が作ったんだよ」
そう言って瑠美ちゃんが渡してくれたのはビーズで編んだブレスレットだった。けっこう可愛いデザインだ。
「ありがとう瑠美ちゃん、大事にするよ」
そう言って俺は自分の机にビーズをしまい、2人に俺が異動することを話す。
「あのな2人共、実はおまわりさん4月から交番を離れるんだ」
「何で?クビになるのか?」
「違う違う、おまわりさんは刑事になって署で働くことになるんだ」
「おまわりさんいなくなるの?寂しいよ、いなくならないで」
俺に泣きつく瑠美ちゃんに康太が諭すように呼び掛ける。
「止めろよ瑠美、おまわりさんを困らすなよ」
「お兄ちゃん……」
「おまわりさん、刑事になったらこの間みたいな犯人を捕まえるんだろ!そっちの方がカッコいいぜ。俺は応援するぜ」
「康太!ありがとよ」
ビシッて決めようと思った俺に康太はまたいつもの調子でからかう。
「まあ、失敗して戻ってきたらそれがからかいのネタになるけどな」
「お前も班長と同じ事を言うのか!」
「じゃあ、瑠美は大きくなって自分でバスか電車に乗っておまわりさんに会いに行く。その時はお嫁さんにして!」
「ええ……」
結局俺は最後まで子供達にはタジタジだ。
康太達に刑事課の異動を話した2日後の日曜日の昼過ぎ、今度は俺にとっては少し意外な人物が尋ねてきた。
「こんにちは」
「こんにちは、って!宮空先生⁉」
康太の担任の宮空先生が交番に来るのは初めての事だったので少し驚いたが、俺は用件を尋ねる。
「それでどうしました?落とし物ですか?それとも道を……」
「いえ、実は大木さんに用があって来たんです」
「僕にですか?」
「はい、康太君から聞いたんですけど、表彰されたんですよね。おめでとうございます、それで……あの……」
恐る恐る宮空先生がバッグから取り出したのは包装されてリボンが巻いている箱で俺は宮空先生に尋ねる。
「開けてもいいですか?」
うつむきながら無言で頷いたので、俺はその箱を開け中身を確認すると形が曲がってはいるがクッキーであった。
「あのこれってもしかして宮空先生が……」
「ごめんなさい、私不器用で母に教えてもらって昨日1日かけて作っていたんですけど、なんとか完成したのがそれで……、でも味見はちゃんとしたので大丈夫だと思います」
「今食べても大丈夫ですか?」
「え、はい」
1枚だけ食べてみるが形の割にはとても美味しく、その事を宮空先生に伝える。
「すごく美味しいですよ」
「よかった、喜んでもらえて」
「でもどうして僕に?」
「ええと、ほらこの間のお礼と、表彰のお祝いで……」
宮空先生の話を聞いて、俺は礼の言葉と同時に異動の話もした。
「ありがとうございます。実は表彰だけじゃなくて異動も決まりまして」
「異動?」
「実は刑事課への異動が決まり、4月から署で勤務をすることになりました」
「署ですか、学校からは遠いですね……」
宮空先生が何故か残念そうな顔をしていると後ろから班長が声をかけてくる。
「大木、そういえばお前康太君達の事が気になるとか言ってたな、どうせなら先生とLINEの交換でもして時々尋ねたらどうだ?」
確かに俺はそんな事を言ったが、先生とLINE交換?
「いいですか、宮空先生?」
「はい、私でよければ……」
こうして俺は宮空先生とLINE交換をした。
「ありがとうございました、それじゃあ私はこれで……」
そう言って宮空先生は交番をあとにした。
遂に訪れた交番勤務最後の日、俺は自分の机を整理し終えた。
すると、交番に康太と瑠美ちゃん、それに宮空先生まで来ていた。
「おまわりさん、今日が最後なんだろう」
「そうだが、お別れの挨拶でもしに来たのか?」
「卒業式」
「え?」
俺が驚いていると康太がもう1度言った。
「卒業式だよ、俺達がしてやるよ」
「康太君の提案で簡単な卒業式をしましょうって事にしたんですよ」
宮空先生がそう言うと、康太が紙を取り出す。
「これ卒業証書、俺が作ったんだぜ」
「文章はお父さんとお母さんに聞いていたじゃない」
「書いたのは俺なの、じゃあ読むぜ」
康太が少し緊張しながら、卒業証書を読みあげる。
「卒業生、大木博一殿。あなたは〇□交番において、私達住民の為に昼夜を問わず働き、頑張ってくれました。その頑張りが認められあなたは交番から卒業することができました。おめでとうございます。宮田康太」
康太が読み終えると俺は頭を下げて卒業証書を受け取る。
「続いて、卒業生代表挨拶」
「って俺しかいないじゃん、原稿は?」
「ねえよ、頑張って自分の言葉で言いなよ」
「はーー、卒業生挨拶。私が初めてこちらの交番に勤めたのは3年前でした。その時は右も左も分からず、みなさんにご迷惑をおかけしました。そんな私も今日、ここを巣立っていきます。まだ1人前とはいえませんが、皆さんのご期待に応えられる、そんな警察官になりたいと思います。これをもって卒業の挨拶とさせていただきます。卒業生代表大木博一」
俺が卒業の挨拶を終えて頭を下げると瑠美ちゃんが俺に泣きつく。
「時々は遊びに来てよ、絶対だよ」
「ああ、瑠美ちゃん」
「あの、気になったら連絡してください、私もしますから……」
「宮空先生、はい」
康太は俺に背中を見せながら、俺に声をかける。
「頑張れよ、刑事さん」
「刑事……ああ!」
最後に班長に挨拶する。
「それじゃあ、班長お世話になりました」
「頑張れ、それからもしダメだったら、またここで鍛え直してやる」
「はい!」
俺はこの日、交番勤務を卒業した。そして刑事1年生として新たなスタートを切ることとした。
おわり
おまわりさんの卒業式 burazu @ban5
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