第5話
「孤独というものは、時に人を狂わせる。君の父親は、酷く孤独だったのだろう」
刑事のそのひと言に、少年は自分が全て話してしまったのだと再認識させられた。
少年の母と、その両親である祖父母は、テロ支援国家のスパイだった。そして、父親は警視庁公安部外事第三課に所属していた。
「父さんは、正体がバレてしまったんだ。だから僕に逃げろって言った」
刑事は無言で頷いた。まだ六歳の子供にひとりで逃げるなど無理なことだ。だから、彼の父親は勝負に出た。自分の命を懸けた勝負だ。いや、初めから彼は自分の命は捨てていたのだろう。
結果は彼の思惑通り、息子は世間の目に触れない形で施設に入れられた。事情を知らない捜査当局の多く人間からも不信感を持たれることなく。彼自身も公安部の人間だと知られることなく、立てこもり犯の犯人として死亡したと処理された。
「絶対他人に話しちゃダメだっていう秘密を話して……」
その少年が語った「秘密」は、ある部分では「秘密」ではなくなっていた。
海底への核攻撃。
当時、公安部でさえ信じなかった言葉を、少年は信じた。そして、その攻撃の日。少年はひとり西へと逃げていた。
「僕だけ逃げた。何万人も死んだのに、僕だけ……。刑事さん、僕と父さんは罰せられるべきなのかな?」
秘密の代償としては大きすぎる、数万人の命。しかし、それがテロ攻撃であったという証拠は未だ揃えられていないのだろう。地震だったということを世の中は信じている。
少年は今、死を選ぼうとしている。少年の視線が死へ向かうための道具を探している。
刑事の脳裏に、赤外線で映し出されたあの時のモノクロームの映像が蘇った。
「今守られるべき秘密を知る人間が、ふたりから四人に増えた。自分はこれ以上秘密を知る人間を増やすべきではないとも思う。だが、それも今となってはしょせん過去のことだ。大切なのは、君の父親が命がけで守った君が、生き続けることだ。そうじゃないか? それとも、あの時の彼のように、私たちを殺して、君も死ぬかね?」
少年は唇を噛んでいた。自分では気付いていないのか、唇に血が滲んでもそのままだ。
「ひとつだけ教えてください」
少年が俯いたまま口を開いた。
「なんだね?」
「正義が為されることはこの先もずっとないんですか?」
言葉を言い終えて顔を上げた少年の目は、十六歳の目にしてはあまりに虚ろだった。
「……」
「ねえ、教えてくださいよ」
無言の刑事に少年は肩を掴み、揺らして再度聞いた。
「いずれ、その時が来たら、そういうこともあるかもしれん」
歯切れの悪い答えというものの見本のような言葉を聞いて、少年は笑った。
「はは……ははははは。最後の秘密、話してなかったんだ」
少年の言葉に、刑事は眉根を寄せた。
「最後の、秘密?」
刑事は嫌な予感がした。全て秘密は聞き出したと勘違いして、催眠状態を解かせた自分を悔やんだ。少年は警戒してもう二度とヒプノセラピーは受けないだろう。
だが、少年は思わぬ提案をしてきた。
「これまで話したことも、全部忘れるって約束してくれたら、最後の秘密も話してあげますよ」
刑事にはもとより今日知った事実を誰かに話すつもりなどなかった。少年もそれは感じているだろう。それでもそういう提案をしてきたのは、父親と同じ孤独に狂わせられるのが怖いからだと刑事は悟った。
「分かった。誰にも話さない。無論、君も話さないよな?」
刑事は終始あっけにとられて話を聞いていた女の方に聞いた。
「あ、あたりまえだよ。話したら刑務所行きだって言うんでしょ?」
「ま、それは裁判次第だが、そうなるだろうな。……と、いうことだ。聞かせてもらえるかな? 約束は必ず守る」
少年は口角を一瞬上げると、静かに話し始めた。
それから数か月後。
某国に外遊で訪れていた件の国の国家元首が、暗殺された。
沈黙の少年 西野ゆう @ukizm
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