驀進するデロス オデラン狩り2

かつエッグ

驀進するデロス

 お母様ムーザに率いられ、あたしたちは村をでた。

 あたしたちは、二列になって進む。

 森に行くかと思ったら、違った。

 森とは反対の方向に歩いていく。

 お母様は、「溝」に向かっているのだ。

 溝に行くということはーー。

「今日は、お父様パーザのタネを拾いに行きます」

 お母様がみんなに言った。

 ああやっぱり。

 あたしたちの間に、緊張が走った。

 黙って草原を進んでいく。

 茂った草のギザギザした葉の影から、ヒルヒンが一匹、二匹、恐々こわごわと、こちらのようすをうかがっている

 ヒルヒンは無害だ。

 あたしたちを傷つけることはできない、臆病な生き物だから、気にする必要はない。

 逃げ足の速いヒルヒンをうまく捕まえることができて、皮を剥いでかぶりつくと(皮は苦くて不味い)なかなか美味しいけど、今日のあたしたちの目的はそれではない。

 もっと大事なことだ。

 草原は荒地にかわり、大小の岩が転がる。

 その荒地に、真っ直ぐに引かれている一本の筋。

 それが「溝」だ。

 あたしたちは溝にたどり着いた。

 あたしたちが手を繋いで十人分ほどの幅に、地面が深くえぐれている。

 溝は、はるか遠くから始まり、そしてどこまでも続いている。

 溝のふちにならび、底を見下ろす。

 平らな底には、紫色の草がびっしりと生えて、ぞわぞわと揺れている。

 あたしたちは、そこで、じっと待った。


 ボオオオオ


 遠くから、低く地鳴りのように、その声が聞こえてきた。


 ボオオオオ


「さあみんな、ヘルビ―を回しなさい」


 お母様がいい、あたしたちはみな、ヘルビ―を袋から取り出した。

 柄をにぎり、ヘルビ―を回転させる。

 先についた三枚の羽根が、いっせいにぐるぐると回りだす。


 ムウウウン


 ヘルビ―の回転につれて、透明な波が生じて、あたしたちの周りに広がっていく。

 そして、見えてきた。

 赤銅色が、日の光を反射してきらりと光る。

 白い息をもくもくと吹きだしながら、突進してくる巨大な塊。

 横幅は溝いっぱいほどある。

 近づくにつれて


 ボオオオオオ

  ジャンガジャンガジャンガ

 ボオオオオオ

  ジャンガジャンガジャンガ


 けたたましい音を立てながら、驀進してくる。

 無数の、節のある足で、毛むくじゃらの長く細長い体を支え、猛烈な速さで溝の中をひたすら突き進む、その生き物。

 これがデロス。

 赤銅色の頭部についた、正面の単眼が、涙を流しながら、瞬きを繰り返す。

 単眼の下には縦に割れた口がある。

 口の両側には一つずつ鼻の穴が開いていて、そこから白い息を、ぼおお、ぼおおと、交互に吐き出しながら、デロスは走り続ける。


「用意して」


 ムーザが言う。

 

 ボオオオオオ


 デロスがあたしたちの目の前を通過する、その瞬間に、ムーザが号令をかける。


「みんな、飛びなさい」

「はいっ!」


 あたしたちは、いっせいに飛び降りる。

 目の前を通り過ぎるデロスの、平たく長い背中を目指して。

 一本の腕で高くヘルビーを掲げて回しながら、残りの二本の腕でデロスの毛むくじゃらの背中にしがみつく。

 きな臭いデロスのにおいが、鼻をつく。


「あああーっ!」


 あたしの後ろで悲鳴が上がる。

 しっかりとしがみつきながら、そちらに目を向けると、今まさに、リリルが、デロスの背中から転がり落ちていくところだった。

 デロスの背中に取り付くことに失敗したリリルは、溝とデロスの隙間に落ちて、上下するデロスのたくさんの足に切り刻まれた。


「ムーザ」


 あたしは言った。


「リリルが落ちました」

「そう」


 ムーザは表情を変えず


「他に落ちたものは?」

「ありません」

「わかりました」


 静かにいう。

 その間もデロスは、溝の中を疾走する。


「では、今からパーザの種を探します。見つけたものは言いなさい」

「はいっ!」


 あたしたちは、取り付いたそれぞれの位置で、密生したデロスの毛の隙間を探っていく。


「つっ!」


 指先に痛みが走った。

 手を引きぬくと、あたしの指の一本に噛みつき、ぶら下がっている小さなガムシが、腹を膨らませたり縮めたりしていた。あたしの血を吸っているのだった。


「こいつっ」


 あたしはガムシを噛み潰した。

 口の中に、あたしの甘い血の味と、ガムシの体液の突き刺すような苦い味が広がった。


「ありました!」


 後ろの方から声が上がる。

 あの声はゼーレか。

 ムーザが、軽々とデロスの背を走り、ゼーレのところまでたどり着いて、しゃがみ込んだ。

 あたしの位置からはムーザの背中しか見えない。

 ムーザの背に力がこもり、やがて突き上げた右手には、濡れたように光る白いものが握られていた。

 パーザの種だ。


「よろしい。さあ、皆もがんばってさがしなさい」


 手に入れたパーザの種を胸のふくろにしまって、ムーザが言う。

 見とれていたあたしたちは、いっせいに自分の目の前を探しだす。

 あたしの指先が、なにかツルッとしたものに触れた。

 毛をかき分けてみると、紫色のデロスの地肌に、埋め込まれたような丸く白い突起がある。

 よし、見つけた。


「ムーザ、見つけました!」


 あたしが叫ぶと、ムーザがすぐに走ってくる。

 

「これです」


 のぞきこんだムーザはうなずくと、鋭い爪の生えた指を突起の周りに突き刺し、ぐりっとひねる。白い体液が吹きだし、ムーザが力を込めると、ぐねぐねした根を出した楕円形の種のようなものが、引き摺り出されてきた。


「よくやった。さあ、次を探しなさい」

「はいっ!」


 あたしは誇らしい気持ちで答えた。

 そのあとも、みんながパーザのタネをいくつか見つけた。

 

 ムーザがみんなに告げた。


「もうそろそろだ。みんな、用意しなさい」

「はいっ」


 あたしたちはヘルビーを掲げる。

 もう少し先で、溝の幅が一時的に二倍に広がっている場所がある。

 ムーザはその場所を「踏みもどし」と呼ぶ。

 あたしたちを乗せたデロスは、に接近する。

 と、溝の向こうから、もう一匹のデロスがこちらに向かって突進してくる。

 

 ボオオオオ

  ジャンガジャンガジャンガ

    ボオオオオ

  ジャンガジャンガジャンガ

    ボオオオオ

  ジャンガジャンガジャンガ

          ボオオオオ


 踏みもどしで、二匹のデロスがすれ違う。


  ズゾゾゾゾッ


 すれ違う瞬間、それぞれのデロスの脇腹から側肢が何本も突き出し、相手の身体に打ち込まれる。

 デロスの体液が噴き出す。


 ンオオオオン!


 二匹のデロスが、身体を震わせ、野太い叫びをあげる。

 なにかがその透明な側肢の中を移動していく。

 そのため、デロスの速度が落ちる。

 すかさず、ムーザの号令。


「飛びなさい!」

「はいっ!」


 あたしたちは、ヘルビーを回しながら、向こうからやってきたもう一匹のデロスの背に飛び移る。


「きゃーっ!」

「うわーっ!」


 響く悲鳴。


「ムーザ」


 と、報告がされる。


「ジルとケレが落ちました」

「そう」


 うまく飛び移ったみんなを乗せて、デロスは驀進する。

 あたしたちが運ばれた溝を逆にたどって。

 それまであたしたちが乗っていたデロスは、どことも知れない場所に向かって遠ざかっていく。



 村に近いところで、あたしたちは、デロスの背から土手に飛び移った。

 そこでも三人、失敗して落ちた。

 でも大したことはない。

 パーザの種が一つあるだけで、あたしたちは百人増える。

 あたしたちは、足取りも軽く、村に戻るのだった。


  ボオオオオオ……


 遠ざかるデロスの雄叫びが聞こえる。

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