第99話 昇格は、悪夢への門出

〈サルワタリさん、とにかく、早く乗って〉


 マッケイの言葉に我に返り、俺たちは満身創痍の愛機をCC-37の貨物室カーゴベイに滑り込ませた。閉まるシャッターの向こうで、カイリー総督の機体が敬礼めいたポーズをとるのが見えた。


〈『ホワイト・カース』『ウィリアム・ドッケン』、ともに機体の固縛を確認。チェック完了――これより離陸します〉


 ティルトジェットの噴射音と共に、体が貨物室の床に向かって押し付けられる。この状態で新手に襲われたら、という不安で吐きそうになった――だが、機外へ出られたところでもう俺たちの機体にはできることが無いのだ。


 輸送機が水平飛行に移り、体にかかったGが軽減すると、俺はようやく一息つく余裕ができた――そう思ったが。


「……おぅ。い、今ごろになって手が震えてきやがった……」


 コクピットハッチを開けようとして伸ばした手が、レバーを上手くつかめない。今までも似たような危機には見舞われてきたが、こうまで顕著に神経がズタボロになったことはなかった。


〈よくある事さ。分かるよ、俺も試験のあとはそんな感じだった……大丈夫。人間、どんどん図太くなるもんだ〉


「そういうもんか」


〈――で、いつか図太さと臆病さのバランスがぶっ壊れて、死ぬのさ〉


「嫌なことを言うなあ……」


 チャーリーのシニカルな物言いを聞いているうちに、不思議に震えは治まった。その代わりに少し胃がきりりと痛む。俺たちは機体を離れ、貨物室のタラップをよじ登ってキャビンへ向かった。


〈お疲れさまです、お二人とも。後方から戦闘機っぽいものが追尾してくる気配を見せてたんですが――〉


 操縦席からの内線で、マッケイが聞き捨てならないことを知らせてきた。


「おい、そりゃあまさか……!」


 クラウドバスター。ミサイルを変態機動マニューバですり抜けるあいつに追われたら、こんな輸送機ではそれこそひとたまりもない。


 ――心配いらない。私が警告射撃で追い払った。


 総督からの通信音声が、機内に流れる。


〈極超音速で地表から上昇するモーターグリフを見て、胆をつぶさないパイロットなどそうはいないさ。帰路はこのまま私の『緑の袖の貴婦人グリーン・スリーブス』が随行しよう〉


「よろしくお願いします」


 カイリー総督は結局のところ、この状況で輸送機をエスコートするために来てくれたとも言えた。

 帰ったらデブリーフィングと、グライフとしての最初の評価が待っているだろう。つまり、一番くつろげるのは今この時だ。


(……早く帰って、ニコルと一緒にゾロを構いてえなぁ……)


 キャビンの椅子にもたれて目を閉じるうち、俺はいつのまにか眠りに落ちていたらしかった。とにかく、疲れていたのだ。



        * * *


「おめでとう、ミスター・サルワタリ。傭兵ユニオンは君の、グライフへの昇格プロモートを正式に決定した。そして、今回の任務、リザルト評価は堂々のA+だ。できれば維持するように励んでくれたまえ」


 ディヴァイン・グレイス内の瀟洒な会議室で、俺は総督から対面での結果通知を受けていた。室内には見届け役のチャーリーと、それに当然のような顔をしてレダも同席していた。


「さて……ここからは少し難しい話になる。君とバザードの戦闘記録及び報告を精査、先行する調査の報告もあわせて分析した結果だが」


 カイリー総督は背後のスクリーンを点灯させた。そこには、俺たちが動き回った経路と戦闘の発生状況などが、コロラド州の模式的な地図画像の上に展開、表示されていた。


「やはりあの場所には前時代の軍事基地と、長期間自己整備を行いながら稼働できる、トレッド・リグと共通の規格を持つ無人機群が存在していたわけだ。これは君たちが見た通りで、当然の結論といえる。だが――アストロラーベと称する秘密組織、ないしは結社がここを制圧すべく展開していたとなると、これはまた別次元の問題となる。あのとき君たちに迫ってきていた部隊は、私がブルームに搭載してきた爆雷の投下で、ほぼ一掃できたが……」


 総督の顔、眉根に深い深い縦ジワが現れた。


「その後の動きを見るにアストロラーベはおそらく、フォート・コリンズ周辺の地下に隠された、大規模な軍事基地をそっくり入手したと考えていいだろう。当面は内部の整備や物資の搬入に時間を費やすと思われる。つまり目立った動きは起こすまい……だが、準備ができたときに彼らが何を始めるかは――予断を許さないぞ」

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