第98話 終了、そして提出

 メルカトルの頭部ユニットが弾着で歪み引き裂かれ、機関部からは炎が上がる。すなわち、一機撃破。


(狙って、できた……!)


 快哉を叫ぶ。だが感慨に浸る暇はない――機体は危うい角度に傾いたまま着地しようとしている。むしろ、ごく短い距離の墜落と言っていい。この窮地から立て直すべく、俺は非常レバーを引いた。

 脚部の底面と上面に配された噴射ノズルから高圧、高速のガスが噴き出し、鉛直方向を基準に機体があるべき姿勢に強引に復帰する。


 クリック・ビートルコメツキムシ・ジャッキ――戦車型機体を組むにあたって、ヴァリアント胴のコクピットに配された操縦デバイスのうち、このレバーに割り振っておいた機能だ。

 高所から転落した戦車が無残にひっくり返ったり、側面を底にして立った状態で移動不能になったスタックした姿は、戦場写真などで稀によくある。

 転落すれば戦車は死んだも同然、多くはその乗員も車体と運命を共にする。


 だが、これは戦車ではなくあくまでも「モーターグリフ」なのだ。

 

 この時代に来た初日に、レダが俺に語っていた。


 ――あんたがさっき使ったセンチネルみたいなトレッド・リグも馬鹿にしたもんじゃないぜ……安いから数揃えられるし、ぶん丈夫に作れるんだ。


 逆説的に敷衍するならば、つまりモーターグリフはなのだった。


 

 炎を上げるメルカトルから少し離れた位置に、ドッケンがホバーノズルの余勢に乗る形で減速しつつ着地した。落下の衝撃を殺しきれず、尻を蹴っ飛ばされたような感触。


(チャーリーは……?)


 識別信号はロストしていない。ホッとしつつカメラを向けると、ホワイト・カースがプラズマソードを抜き放ったまま、残心めいたポーズで停まっていた。

 先ほどの三次元機動に切り替えた戦法が功を奏したようだ。とはいえ――彼の機体もまた、右腕とカービンをプラズマソードで切り飛ばされている。


「どうやら片付いたか……一応勝ちだな」


〈ああ。そっちもご苦労さん。だが、流石にこれで打ち止めだな……〉


 チャーリーの声には、本来この場にあるべき勝利の明るさはなかった。俺もその理由を既に知っていた。



 レーダーには、フォート・コリンズ市街の方角からこちらへと向かってくる、いくつもの輝点ブリップが映っていた。位置関係や移動速度から見るに、これは――


〈無人機と交戦してた、相手側の部隊みたいだな。たぶん、こいつらのご同輩だろう〉


「だろうな……俺たちと接敵した時点で、通信ぐらいは入れただろうし」



 どん詰まりだ。ため息とともに「仕方なし」と腹をくくったところに、外部聴音機がティルトジェット機の飛行音を拾った。CC-37だ。


「マッケイ!? 戻ってきたのか……無謀だぞ」


〈サルワタリさん! いまのうちに収容を!〉


「無理だ! 終わってない、敵の後続が来る――」


〈大丈夫です! 俺だって、何のアテもなしに戻ってきたりはしませ――〉


 ――ゴォッ


 妙に明るいマッケイの声に、何か途方もない轟音がかぶさった。衝撃波を伴って移動する、長大なフォルムの物体をカメラとレーダーが一瞬だけ捉える。

 衝撃波の端が近くをかすめて土砂を巻き上げ、視界不良に見舞われた。


 その何かが飛んで行った方向で、立て続けに派手な爆発が起きる。


「何だ! 何が起こった!?」


 土煙の中から抜け出そうとドッケンを移動させる。ようやく見えた夕空から、円筒状の巨大な何かが数本、バラバラと降ってくるのが見えた。


「ば、爆弾……!?」


〈いや、ちがう。 ありゃあ……〉


〈『ブルームですよ。ディヴァイン・グレイスのトップが動いたんです。ちょうど合流に近いタイミングで、追いつくって連絡を受けてましてね……!〉


 チャーリーが口ごもり、マッケイの得意げな解説が後を受けて続いた。


ブルームだと……!?」


 それはディヴァイン・グレイスや、ごく一部の企業部隊が保有する、使い捨ての長距離単独侵攻用デプス・イントルーダーユニットだった。

 ギムナン襲撃の際にレダが欲して使えなかった、使い捨ての集束ロケットブースターだ。全長40メートルの巨体にモーターグリフを接続し、点火すれば地球上のどこへでも60分以内に到着できる――


 ディヴァイン・グレイスのトップ、ということは。


「カイリー総督が直々に来たのか……」


 空になったブースターと推進剤タンクを投棄した後に、虚空高く浮かんで停止した、一機のモーターグリフの姿があった。ネオンドールとよく似たシルエットに、ピスタチオグリーンと金色のカラーリング。


〈ご苦労だった、ミスター・サルワタリ。試験はここまでとする。あとのことはこちらに任せて、帰投したまえ〉


 スリット型スラスターを吹かしながら悠然と降りてくる、傭兵ランキングナンバー1の男とその機体を、俺とチャーリーは呆然と見上げていることしかできなかった――

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