第97話 左右の「左手」
全長三メートルのパイクは、その有効延伸部めいっぱいをランベルトの胴部中枢にめり込ませて停まった。ランベルトの両腕が、制御を失ってガクンと垂れ下がる。中のパイロットは多分、即死かそれに近い状態だろう。
こちらも無事とはいかなかった。制御卓からエラー音が複数鳴り響いているが、多分どれかは左腕の
〈――サルワタリ!?〉
チャーリーの切迫した声が耳を打つ。彼の位置からは、俺がランベルトと相打ちになったかのように見えたのだろう。
「無事だ! カバー頼むッ!!」
戦況ははっきり言って、悪い。既にカービンは腕ごと脱落、キャノンは砲身を溶断され、撃てたとしてもまともな弾道は期待できまい。ガウス・パイクもあと一回、使えるかどうか。
敵は残り二機。引き撃ちを多用するランベルトと、まだ戦闘力を残したメルカトル。二対二なのは数だけだ。それでも――
(まだ、手はある……!)
チャーリーが敵二機を引きつけて押さえてくれている間に、俺はドッケンの各部カメラと、頭部パーツの磁気検出器を作動させた――ネオンドールのものとほぼ同じ頭部にはやはりこの機能があった。
探すものは、森の中で見つけてもいできたランベルトの左腕と、先ほど脱落した右腕が保持していたカービンだ。本体を拾いさえすれば、
交戦開始からここまでの、自分の動きを頭の中に必死でトレースする。あの空中回し蹴りを決めた地点が怪しい――はたせるかな、その近くに反応があった。
それぞれの間が10メートルほど空いた状態で、腕とカービンが落ちている。最大速度でその地点へ向かい、まず腕と思しき塊を拾い上げた。
(手首のついてる方で頼むぜ……!)
願いは――叶った! 擱座したランベルトから肩基部ごともぎ取った左腕だ。
「ダメでもともと、だ……!」
作動不良でがたつくドッケンの左腕でそれを掴み、ジョイント部を合わせて、無理やり押し込んだ。モニターにエラーメッセージが立て続けに流れる――
【不正なパーツが接続されました】
ニア ・無視して続ける
【関節の可動域が通常と反転しています。修正しますか?】
――修正ったって、どうすんだよ!?
ニア・無視して続ける
【操作系との微調整を行う必要があります。続行しますか】
ニア・稼働中のデータをフィードバックしてリアルタイムで調整。
最後、なかなかシビれるメッセージだった。こんな融通の利く機械には、なかなかお目にかかれまい。
逆向きに曲がる肘を上に持ち上げるようにして、ランベルトの左腕はドッケンの右腕と化した――ちょいと扱いにくいが、なあにすぐ馴染むさ!
続いてカービンを拾い上げ、手のひらを下に向けた右(左)手首で横倒しに把持した。これなら排莢ポートが下に向き、邦画アクションで乱用されマニア層から総すかんを浴びた拳銃横持ちとは違って、トラブルを起こさず撃てる。
「待たせたチャーリー! ランベルトを頼む!」
〈おぅ、そろそろ押し込まれそうだったぜ……何だ、その腕ぇ!? どっから生えたんだよ!〉
「さっきもいだ奴を無理やりな! ファクトリーの整備員連中にまたどやされそうだが、俺にとっちゃ二回目なんだ」
〈あんた最高にイカレてるな!!〉
ありがとう。最高の褒め言葉だ。俺は変な形で突き出された腕をメルカトルに向けて側面へ回り込んだ。あっちは
こちらのカービンでは火力不足だが、やりようはある。装甲が厚い分、こっちの方がホワイト・カースよりも敵に接近できるのだ。あとは履帯が切れずに保ってくれることを祈るばかり――
「うおっと!」
ターレット・ガンの火線がドッケンをかすめる。避けられると思ったが――どうやら、上半身を旋回させるのではなく、車体を前後にずらすことでこちらの旋回に対応したらしい。
「こいつも、かなりやる……!」
クソ、死にたくねえな――知らず、そんなことをつぶやいていた。戦闘を継続することには何とか成功しているが、決め手は掴めずにいる。チャーリーは――?
サブカメラで確認する。どうやら牽制に使っていたミサイルを撃ち尽くしたようだ。平面的な疾走から、脚部関節のアレンジメントを変更してジャンプに適した形態に切り替え、立体的な機動へと移行するのが確認できた。跳びかかってプラズマソードを使う流れか。
「早くこのメルカトルを仕留めないと、チャーリーを引き撃ち野郎と相殺にさせちまうよなあ……!」
こちらの機体を追って旋回を続ける敵のメルカトルに、俺は履帯を逆転させてあえて接近した。バックギアによる強力なトルクが機体に後ろへ倒れるようなモーメントをわずかに与える。そこでブーストペダルを蹴り込み、ホバーノズルを全力噴射――ドッケンは宙へ一瞬浮き上がり、そこでバランスを崩してメルカトルの方へと傾いた。
狙った動きだった。メルカトルの上面、頭部ユニットの頭頂部から車体後部の機関部点検ハッチまでがカメラの視界に入る。俺は迷わず、マガジン一つ撃ち尽くす弾数をそこにぶちまけた。
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