episode15:遥かなる助走

第100話 アストロラーベを追え

 カイリー総督を中心としたデブリーフィングは、その後数時間続いた。


 北米大陸全土に、傭兵ユニオンと「天秤リーブラ」につながるグライフやリガーが存在し、総督は必要とあれば、彼らが知るあらゆる情報を手元に集めることができる。傭兵だけではなく、それを支えるマッケイのようなパイロット、ブロッサム医師のような医療関係者に至るまで、だ。


 そうして集めた情報があってなお組織の全体像が見えない、というのが「アストロラーベ」なる存在の途方もなさ、恐ろしさなのだが、ともかくとして――

 

 それらの情報を組み立てた結果、当日コロラドで何が行われたかに関しては、かなり明瞭な分析が出来上がっていた。


「『クラウドバスター』自体は、GEOGRAAF社が新規設計の次世代型モーターグリフ、あるいはその先に位置する兵器――その試作機に過ぎない。判明しているだけでも三機が、別々の拠点工場で製造されていた。だが、それらに関わったGEOGRAAFのスタッフは、責任者クラスの殆どが秘密裏にかの組織に所属していたらしい。ミシガン・Gほか数名の『G』級幹部社員から、そのように説明があった」


「なるほど……で、そいつらは今、どこに?」


「……正直、GEOGRAAFの上層部には同情を禁じ得ないな。能力を買って重要ポストにつけていた部下が、ごっそりと一気に離脱したのだから。それも、複数の洋上艦艇に大型輸送機、多数の輸送車両と各種戦闘部隊、その搭乗機体――つまり、動産に類するものを『手土産』にだ。どこにいるかは一言では表現できないが、どこに行くかは明らかだ」


 なるほど――洋上艦艇は別としても、輸送機や輸送車両はあそこの「基地」へ向かうわけだ。


「サルワタリが自機に無理やり装着して使った、ランベルトの腕部フレームには、数週間前に整備した際のチョークによる指示の書き込みが残っていた。こういうものは重要な手掛かりになるのだ。照会した結果、その整備担当者もアストロラーベにはしったと判明している」


「ということは……」


「彼らの、軍事施設に対する進入なり偵察の試みは、今回が初めてではない、ということだな。さて、彼らが今回とった作戦は、おそらくこうだ――フォート・コリンズ周辺で稼働していたレーダーサイトを、君たちが目撃したクラウドバスターで超音速爆撃。これを破壊して、レーダー網を分断。しかる後に、地上部隊が侵攻して現地の無人機群を排除。そうして確保された安全圏に、君たちの合流地点上空を通過した輸送機が着陸を敢行する」


 あとは、基地内部に進入して何らかの抵抗があればこれを排除、制圧。施設の確保――


「ひっでえタイミングで試験に出ちまったんだな、おっさん達は……」


 レダが青い顔でぼそりとつぶやいた。


「然り、だ。奴らが動き出したのはサルワタリたちが出発した後、しかも何らかの動きがあったという情報もほとんど入っていなかった。長波アンテナを組み立ててこちらへ連絡をくれたことで、ようやく各方面への照会が行われ、事態がつかめたというわけだ。側近たちの反対を抑えてブルーム装備のグリーン・スリーブスで出たのはさらにその後だよ……間に合ったのは本当に幸運だった」


 

 現在、「天秤リーブラ」の情報部は各企業、管理複合体コープレックスと連携をとって、コロラド周辺の監視を強化、情報の継続的な収集にあたっている。稼働可能な人員と機体に打診が行われ、アストロラーベによる物資移送の妨害、洋上艦艇の追跡、といった作戦が準備されつつある、という説明だった。


 目下最大の問題は、アストロラーベの目的や方針が分からないことだ。なにせ、知っているものはあらかたその日常の業務を離れてしまっているのだから。


「離脱した人員の周辺で、普段の言動を見聞きしていた人間に聴取を行って、彼らの思想傾向、目的、理念について推論を行う必要もあるだろう……今日のところはこれにて解散とする。バザード、サルワタリ両名は、後ほどユニオンのポータル経由で報酬を確認しておきたまえ――以上だ」


 そう言い終わった後、三秒ほど置いて。カイリー総督は深々と息をつくと、俺たちに向かって哀愁を帯びた微笑みを向けて一言付け加えた。


「……本当に、ご苦労だった」


        * * *


 任務の報酬額は、五千万Aur@m。今回はギムナンへの納入は免除され、俺の総取りということになる。日本円に換算すれば二十億の金――ちょっと絶句する感じだが、これはいうなればグライフとして開業する個人に支給される準備金といった意味合いが強い。


 普通はここまで来る間に機体を一つ組むくらいは稼いでいるものだが、試験は大体過酷な内容でもある。なので、修理費にかなりの割合吸われて吹っ飛ぶケースも多いとか。バザードも件の護送任務で、最初の機体はズタボロになったらしかった。


「さてと、おっさんこれからどうする……? うち泊まってく?」


 ディヴァイン・グレイスの歩廊を歩きながら、レダが俺と腕を絡めてしなだれかかって来る。


「それもいいんだが――」


 実際、泊まった場合のことを考えるとかなりイイのだが――俺には現在、いくつか気がかりと、心に期することがあった。


「……むしろレダが一緒にギムナンまで来て欲しい。ニコルもつれて、三人で行きたいところがある……猫はまあ、ここのペット屋に一旦預けるとして」


「ふぅん……あんまり色気のあるプランじゃあなさそうだけど、まあ気になるな。おっさん、何考えてるのさ」


「テックカワサキの環境制御都市ヴィラに行ってみようと思うんだ。あの無人機はどう見てもクグツの系列だったし……古い発注データでも残ってれば、あの基地に何があるのかの、手掛かりくらいにはなるかと思ってな」


「なるほど……でもおっさん、他にも目的あんだろ? 正直に言えよ、ん?」


 ははは。気の利いた女の眼ってやつは、そうそうごまかせないもんですなあ――


「うん。また忙しくなりそうな気がするんでな……あわよくばキムラにたかって、ラーメンを三人で食っておこうと思うんだ」


「ええ……あのさあ。今生の見納めに、とか縁起でもねえこと考えてないだろうな……?」


 いやまあ、そりゃあそうなる可能性もある。今回だって死ぬかも知れなかったし。

 だが、ものは考えようで――この世への執着の材料は、多い方が生き残るためのエネルギーが増えるんじゃないかと、そう思うのだ。

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