第87話 昇格試験:ブリーフィング

 残り三日の滞在期間を、俺とレダはほとんど蜜月のように過ごした。

 

 昼間はゾロと遊ぶニコルを見守り、少し遅れてしまった勉強を監督しながらお互いに視線を交わすばかり。ものの弾みで肘の先でもちょっと触れれば、電気に打たれたように甘い感情が胸に渦巻く。

 時間があれば市内を散歩したり、レジャー施設へ行ったりもした。ニホンの温泉ホテルを思わせる入浴施設へ行き、交代で猫のお守りをしながら風呂に入ったり。

 レダとニコルが一緒に入り、俺は一人で別。少々もどかしかったが、なあに、私的居住区画プライベートに戻ればレダの所のバスルームは、二人で入れるくらいのスペースはあるのだ。

 

 食事はどこへ行ってもまあ似たり寄ったり。どこまでも一抹の不満足感が伴うまがい物だったがそこはむしろ、いずれテックカワサキの環境制御都市ヴィラを訪ねてちゃんとしたアジア料理を食う楽しみができたというものだ。

 

 そうして夜になり、ニコルが寝付いてしまえば――俺たちは昼間の間に募らせた愛しさを全力全開でお互いに注いだのだった。 



        * * *

        


 ギムナンに帰って二日目に、俺は市長の呼び出しで執務室に出頭した。

 

「幸せそうね、サルワタリ」


「はい」


 堂々と振る舞おう――俺には何もやましい所はないのだ。

 

「あらかじめ言っとくけど、姉さん、なんて呼び方は止してね……あなたたちのことは受け入れてるし祝福するけど、流石にまだ整理のつかない部分もあるから――まあ、それは置いておくとして」


 早速仕事の話を始めましょう――そういうと、彼女は新しく購入したらしいターミナルの大型スクリーンに、どこかの荒野の映像を呼び出した。


 切り立った崖。平原を走る曲がりくねった街道と、点在する朽ちた巨大ロボットの残骸。その風景には見覚えがあった。


「……スコッツ・ブラフだ。こりゃあ、ネブラスカの危険地帯じゃないですか」


 俺にとっては思い出深い場所になった一帯だ。

 偽依頼で釣り出され、ゴルトバッハの駆る「クラウドバスター」に奇襲を受けて墜落したレダとネオンドールを、俺はトレッド・リグ一輌で救助に行った。カレドニア航空運送の契約操縦士、マッケイに助けられる巡り合わせはあったが。


「そう。詳しくはこのビデオをこのまま見てて」


 俺はそっと画面の下辺にあるシークバーに視線を落とした――


(嘘だろ)


 再生時間がある。荘重な音楽と共に過去の戦争――モーターグリフを大量動員しての、企業各社による軍事基地争奪戦――をできのいいCG映像が流れだした。

 再現ものだと分かったのは何のことはない。画面右上にD・G・P・D――Divine Grace Pictures Division (ディヴァイン・グレイス映像課)のロゴが表示されているからだ。


 ――数百機のモーターグリフを繰り出して行われた戦闘だったが、誰も勝利者となることはできなかった。彼らが求めた軍事基地は実のところその大部分が地下にあり、地上部分は巧妙に隠蔽され、所在を特定できなかったからだ……


 カイリー総督の声で丁寧なナレーションが入る。本題に行きつくまでだいぶかかりそうな気配だ。


(ああ、早送りしたい……!)


 俺は21世紀で割と動画共有サイトの類を愛用していたが、とにかく解説系の動画はもったいぶった構成のものが多くて、課金なしで選べる最も早い再生速度を使うのが常だったのだ。


 だが、これはこれで結構重要な情報もあると分かる。件の軍事基地はまだ未発見であるという話もそうだ。

 しばらく我慢して見ていると、ようやく依頼のメインとなるパートに差し掛かった。


〈ごきげんよう、ミスター・サルワタリ……今回の依頼は、君に向けたグライフへの昇格試験だ。我々の属する傭兵マークユニオンは昇格プロモートを希望する傭兵には、それまでの依頼や活動を踏まえて、内容となるように試験内容を選定、調整している〉


 ふむふむ。まあ、自分にとって関心の薄い案件を機械的にこなしたのでは、当人の資質や適性といったものの本質には遠いものになるだろう。うなずける話ではある。


「君に依頼するのは、君が先ごろ敢行したレダ・ハーケン救出作戦において、その報告書の末尾で言及した、『砂嵐の中に動くもの』の調査だ。往時の自動兵器という説が有力だが、我々はまだその真偽を確認するに至っていない。嘆かわしい話だが、あの噂を利用して、傭兵同士の私闘や謀殺といった、芳しからぬ行為が行われたこともこれまでに一度や二度ではない。レダの墜落も、それに類する案件だったと考えている。そこで――」


 画面上で地図が大きくスワイプされ、古い地図の画像がズームアップされた。市街地らしきものとそこへ続く丘陵地の谷あいを通る街道、それに緑の森林が表示されている。地図画像のタイムスタンプは、2098年。俺の知らない未来にして、既にこの時代でははるかに過ぎ去った過去。


「君への依頼はこうだ。スコッツブラフより遥か南西にある旧アラパホー・ルーズベルト国有林とその周辺地域、特に旧フォート・コリンズ市の廃墟にまたがる地域を探索し、不審なものを見つけたらとにかく記録を取ること。見届け役として、ユニオンで選んだ昇格済みの先任グライフを一名つける――すでに面識があると思うが、チャーリー・バザードがこの任に当たる」


 ああ、あの時の。同じイリディセント社製の偵察型モーターグリフ「スライ・ウィーゼル」を使用する兄ちゃんだったか――そんなことを思い出していると、カイリー総督の声が、少し刺激的な内容を告げた。


「これまでの調査によれば、現地には数か所、いまも生きている広域無人レーダー・サイトが存在し、一定高度以上に上がるとこれに引っかかってミサイル攻撃を受ける、との報告があった。このため、現地への空輸による物資補給もやや困難だ。こうした条件を考慮し、機体の構成と携行武装を十分吟味して任務にあたって頂きたい。それも、試験の重要なポイントとなる。撤収のタイミングは、何か一つでも不審物を記録したのちであれば随時、君の判断で決めてよろしい」


 つまり、どういうコトだって……?

 緊張と共に首をひねる俺に、カイリー総督の声は最後にこう告げた。



 ――困難な戦いになるか、簡単なお使いになるか。それは君の力量と資質と運次第だ。自らの価値を証明し、評価を勝ち取ってくれたまえ。君が見事、我々グライフの栄えある一員として列に加わってくれることを祈る。

 

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