第88話 友のささやかな助け

 市長の執務室を後にして、自警団詰め所のある区画へ向かう。駐機場に並んだ数輌の真新しいドウジが目について、この街が確実に新しい段階に入りつつあることが実感された。


 その、機体の足元に青いツナギの隊員たちが数人いた。隊長代行のエイブラム・ショウの姿もある。どうやら、なにかの打ち合わせか、あるいは訓練の総括か何かをしているらしい。


 ――今日はこれまで! 明日は各人に配布したARゴーグルを使って、武器の切り替えスイッチング並列パラレルコントロールの円滑化を目的とした訓練を行う……


 だいぶ堂に入ったものになってきている。ショウは育った環境のせいで技術系の用語にややくらかったり、人にものを教えるには言葉が足りないところがあったようだが。与えられた仕事に適応しようとして、相当に努力しているようだと、市長が言っていた。


 その彼がこちらを見つけて、注意を引くように手を挙げた。


 ――全員そのまま休んで待機! 我らが専属傭兵殿のお帰りだぞ!


 隊員たちが一斉にこちらを振り向き、顔をほころばせた――ありがたいことだ。巡りあわせによっては、俺は「新参者のくせにうまいことやって出世し、日常業務を離脱したやつ」とみられてもおかしくないのだから。


「トンコツ! 大変だったみたいだが、無事でよかった! ニコルも一緒に帰れたんだってなぁ!!」


 そのまま、と言われたのをぶっちぎって、ゴードンがこちらへ駆けてきた。目いっぱいハグされたのは欧米人相手ならではのコミュニケーションだなと、目を白黒させる。


「いやあ、ありがとう。みんな、留守中変わりはなかったか……? ドウジの使い心地はどうだ?」


「まあ、なれないと難しい……ウォーリックの逆関節リバース・ジョイント型リグとはだいぶ勝手が違う。だが、やれることがかなり増えるのは間違いないな。あんたの活躍で実証済みなのはありがたいぜ」


 ――おかげでハードル上がってるけど、この間みたいな口惜しい想いはもう、ごめんだしね。


 以前は目立たなかった、若い女の隊員がゴードンの言葉を引き取ってそう続けた。

 良かった――トマツリをも、みんな以前以上に意欲を持って街を守る仕事に取り組んでくれているのだ。


「やれやれ。これじゃあ、今日の訓練はここまでだな……よしお前ら、解散だ! ただし、ゴードンとベリンダは駐機場を駆け足三周! 許可なく勝手に動くなと言っているだろうが!」


 厳しい裁定だが、ショウの顔は笑っていたし、ゴードンともう一人の女も、ハイタッチなぞ交わしながらランニングに入った。


「いい雰囲気じゃないか」


「まあ、そうなるように努力してるんだよ、俺も、奴らもな……それで、昨日市長に聞いたが、試験を受けるって?」


 ショウが意外なことまで知っているのに少し驚く。だがまあ、市長としても現状、気の置けない相談相手というのが限られているということなのだろう。


「ああ、ネブラスカ方面へちょっと深めに入りこんで、な……」


 カイリー総督から、試験の内容について箝口令などは特に布かれていない。どちらかといえば――現地での行動指針や様々な環境要因、機体の組み方、といったことについて、然るべき人間の意見をよく聞いて参考にすることが推奨されていた。


「……そうだな、ちょうどいい。相談したいことがある」


「ほう、何だ?」


「実は――」


 ネブラスカのあの一帯には、元の野生動物保護区などを根城に荒野での生活を送る野盗――正しく言えば都市外居住者が住み着いている。

 不用意にテリトリーを侵せば反発を生むし、曲がりなりにもトレッド・リグを使用するだけのリソースと素養を持っている集団だ。彼らとのトラブルは極力避けるべきだった。


「連中をやり過ごす、いい知恵がないものかと思ってな」


「なるほどな……」


 ショウはうなずきながら考えこむ様子を見せた。


「……都市外居住者とみれば問答無用で排除にかかるのが、普通の環境制御都市ヴィラ市民の常だが、あんたがそんな風に、俺たちの氏族連中に配慮してくれるのは、正直ありがたいなと思うぜ」


 彼は微笑を浮かべると、手招きして詰め所の建物から離れた一角へと、俺を引っ張っていった。


「ここらでいいだろう。あんたになら……教えてやってもいいと思う。だが、他人には漏らすなよ。市長にも、あの嬢ちゃんたちにもな――俺たちの一族で、外を回っての『交易』に従事する連中が使う、合図があるんだ」


「ホントか……!」


「ネブラスカだと俺らの一族とはだいぶ場所が遠くなるが、問題なく通じるはずだ。僚機には仕方ない、見せても構わんが……説明はするな。さすがに教えたことを悪用されて、連中が根絶やしにされたりするのは気分が悪いからな……?」


 それは確かに。あってはならないことだ、信義にもとる。


「約束するよ」


 よし、とうなずいてショウは、各地の氏族に通じる合図を教えてくれた。発煙筒を使う、一種の狼煙の類の作法だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る