第83話 お猫様がVIP

「さて、これからどうしたものかな」


「そうだなあ……まずあたしの私的居住区画プライベートに寄って、それから考えようぜ」


「ふむ……何日ある?」


「今回の場合は、まあ最大で四日かな……?」


 ここの市民ナンバーを持つレダはともかく、部外者である俺やニコルが滞在できる期間は限られている。先の負傷やその後のイリディセントとの「共同作戦」に関しては、「保護した負傷者の療養期間」という特例扱いだった。


「メシはせっかくだから、ちょっといい店に食いに行くとして……ああ、ゾロがいるから結構限られるな、行けるところ」


 レダが思案顔で腕を組む。


「そういえば、ここはもともと富裕層の遊興用に作られた環境制御都市ヴィラだったっけな……ペットホテルみたいなもんはないか?」


「あー。そもそもここじゃ、動物を飼うのはかなりの贅沢だからな。あんまり一般的じゃねえ」


 俺たちの会話を聞いて、ニコルがちょっと不安そうな顔になった。


「ゾロを置いてどこか行くの、ちょっとやだな……」


 それはそうだろう、とうなずく。キャリーケースはこっちでも用意したものの――餌やトイレについては何も聞いていない。

 逆に言えば、これで行く場所は決まったようなものだ。


「一般的じゃない、ということはだ。全くないって訳でもないんだな?」


「たぶんね」


 然らば、まず行くべき場所はペットショップだ。予想外の展開だが、そういうことになった――レダが端末でグレイスの施設情報にアクセスする。

 実のところ彼女も、この街の全てを知っているわけではない。傭兵の活動は整備や訓練、身体能力の維持に充てる時間が多く、普通の市民に比べるといくらか――いや、だいぶ「いびつ」な物なのだった。


「よし! 一軒だがここにもそういう店があったぜ……!」


 ここになければどこにあるのだ、という気もした。だがレダの話によると、そういう富裕層の贅沢みたいなものは、むしろここよりも管理複合体コープレックス上層部が住むような都市の方が、ふんだんに用意があるのだという。

 そういえばここにはないラーメンだが、テックカワサキの環境制御都市にはある、と聞いていた――


「もしもし。そちらグリーンヒル・ミニマル・アニマル・トレーディング? 猫の飼育に必要な設備と器具って大体そろってる?」


 電話に出た店員に、レダがだいぶぞんざいな感じで問い合わせている。

 代わってくれ、と言いたくなったが、切り出す前にレダがこっちへ振り向いてにんまり笑った。


「一通り、何でもあるってよ……! よし、あたしん家に行くのは後回しだ、ニコルもおっさんも、構わねえよな!?」


「もちろん! ゾロにご飯用意してあげないと、可哀想だもん!」


 

 レダが端末で共有してくれた地図によれば、件の店は今いるフロアから二階層上。最寄りのエレベーターから上がって、ごく低速の電動コミューターでんしゃを拾って五分ほど路線沿いに移動することになる。


 水耕ポットうえきばちに入った観葉植物が並ぶ歩廊を抜け、遊園地のコーヒーカップを思い出すような(ただし四角い)家族単位の座席に腰掛けて運ばれていく。最寄りのステーションで降りて街路に踏み出すと、すぐ目の前に、人工芝を植えた前庭を隔てて、アメリカあたりの郊外にある平屋の店舗を模した感じの、しゃれた外観の店があった。


 白いホーロー看板に緑のペンキで「グリーンヒル・ミニマル・アニマル・トレーディング」の文字が踊っている。店のドアをくぐると、そこには大小さまざまのケージや水槽、ガラスケースが折り目正しい間隔で陳列されていた。


 熱帯魚らしい水槽の前に立って品定めらしいことをしていた女性客がちらりとこっちを振り向いて、意外そうな顔をする――こちらも、思いがけない顔にあっ、と間抜けな声を上げた。


 先日ロビーで別れた元GEOGRAAFの契約傭兵、エニッド・リンチがそこにいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る