第77話 モーターグリフ

 飛来したCC-37は。ティルトジェットを下方に向けて速度を落とし、高度を保ったまま貨物室のハッチを開いたのだ。

 そこから滑るように空中へ踏み出す、三機のモーターグリフの姿――積載可能な最大数を詰め込んで来ている。

 

「ミシガン・G、これはあんたらの仕込みか?」


 営業マンから傭兵に頭を切り替える。ミシガン・Gはちぎれんばかりに首を横に振って否定した。

 

「まさか! ここで襲撃や謀殺をもくろむくらいなら、最初から私は来ていない。来るわけがない。それに、こちらも同じ数のモーターグリフを既に配置している……あの三機は全くの想定外だ!」


「それを聞けて、良かったよ。あんたは早く退避してくれ」


 ポーキィ・ボーンのコクピットハッチは機体背面。緊急ブースト用の強力な推進器一対が突きだした両肩裏面から、やや下方にある。

 俺は非常ハシゴのようなタラップを這い上がり、乗降モードで後ろへ向いたパイロットシートに、背中から飛び込んだ。座席がぐるりと半回転して、操縦席のコンソールに体が正対する。

 

「さて、ここに来る途中の輸送機への乗り込みに、シミュレーターでの模擬戦も含めれば三十回は練習したが……ついにこいつでの初陣って訳か」


 精巧にできたシミュレーターだったし、レダが訓練に付き合ってくれたのだから、それなりに動けるはずだが。実機のコクピットはやはり色々と勝手が違って、俺を緊張させた。まずもってこの、合成皮革や各部の潤滑剤、シールドケーブルの可塑剤が発するこの、独得の匂い。

 

(猫をここに同乗させたら嫌がりそうだな……!)


 そんな考えが頭をかすめるのを脇に押しやって、三面のモニタをつけ、ついでにテックカワサキの例のゴーグルを接続。メーカー違いで使える機能はだいぶ限定されるが、慣れた機材はそれなりに助けになるだろう。

 

「どういうつもりで此処に乱入したか分からんが……レダとのペアなら、勝算は五分に近づけられるだろうさ!」


 近づけて見せる。

 

「ポーキィ・ボーン、起動ッ……! レダ、状況は?」


〈奴ら、もったいぶってやがる。見ろ……!〉


 モニタに共有された映像のデータをトレスして、ポーキィ・ボーンのカメラが独自に同じ方向を向いた。わずかに角度アングルの違う映像がメインモニタに広がる。

 三機のモーターグリフは背部スラスターで落下速度を相殺しながら、ゆっくりと見せつけるように降りてくる。構成は黒塗りのモルワイデが二機と、そして――

 

〈真ん中のグレーのやつ……変形する! ありゃあ、ゴルトバッハだ!!〉


 レダからの話とネオンドールのカメラ映像のコピーでしか知らなかった、ゴルトバッハの可変モーターグリフ「クラウドバスター」が、その正体を現した。

 同時に、コンソールにオープン回線での入電を示すインジケータ―が点灯する。

 

〈レダ・ハーケン……それに貴様はどうやらギムナンの独立傭兵『トンコツブィヨン・ド・ポーク』とか言ったか。モーターグリフを駆るなら相手にとって不足はない! このコンラート・ゴルトバッハと戦っていただこう……!!〉


(また、勝手なことを……!)


「何が目的だ……! 雇い主がおぜん立てした手打ちをこんなやり方でひっくり返して、お前に何の利益がある!?」


 通信機のマイクに向かって苛立ちをぶつける。こいつの動機は単に傭兵ユニオンでのランキング争いだと思っていたが――事ここに至るとなると、それだけではあるまい。

 

〈雇い主……バカめ。本来、GEOGRAAFは私の父祖を筆頭に八人の、起業家、軍人、科学者らが作ったものだぞ。いずれ、私が手中にすべきものだ……顔も名前も消した傀儡どもなど廃してな……!〉


 そうかい。

 つまり、こいつは自分がGEOGRAAFという企業の理念とは相いれない事に目をつぶったまま、勝手にその全権掌握などを目論んでいるのだ。

 

「……お前の会社など、俺にとってはどうでもいいよ。ニコルはどこだ? 彼女が乗ってくるはずのギャリコはどこへやった」


〈それが知りたければ、私を倒して見るがいい……だが今日は負けん。今日こそはな!〉


 勝負に固執する物言い。もしかしたら、誰かに「ランキングを上り詰めたら経営に参画する資格を認める」とでも言われたのだろうか――バカな。そんな約束をするくらいなら、もっと――

 

(いや。人の動機はそれぞれだ。俺にはあいつを笑う資格はないな)


 自嘲しながら、無言でペダルを踏みこみレバーを押し込んだ。高機動陸戦型たる「スカルハウンド」の特性を色濃く残すポーキィ・ボーンが、ウィスコンシンの白骨化した森を背に、敵の背後を取るべく動き出す。

 

〈くそ……やられたぜ!〉


 通信を切ったゴルトバッハと入れ替わりに、レダの苦々し気な声が飛び込んでくる。

 

「どうした!? 被弾でも――」


〈いや。GEOから正式派遣されてたランベルト二機の通信を拾ったんだ……やつら、完全中立を通す気はないらしい。『我が社の資産を守るのも警備部の責務だ』ってよ〉


「あちゃあ。するってえと、パワーバランス的には五対二か……ちと敵が多いな」


〈なに、大したことはないさ……あたしとおっさんのコンビならな……!〉


 買い被りではないか、と思うがその信頼は嬉しい。

 

〈森へ! その機体色なら白骨森林に紛れて、遮蔽も取れる……あたしが目を引いてる間に、隙を探してそのライフルを叩きこめ!〉


了解ロジャー!」

 

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