episode11:ヌードルズが殺(や)ってくる

第63話 急造コンビ、海へ!

 ニッケルソン会長からの長期依頼は、その報酬の一部が前金ですでに支払われている。俺は当初の契約通りその七割をギムナン市の市庫に上納し、それは予備費として予算に繰り込まれ――ええい、行政だの経済だののややこしい話を抜きにして言うと、つまり。


 俺とショウが乗り込んだCC-37輸送機には目下、テックカワサキの最新型トレッド・リグ「ドウジ」が二機、それもメーカー直々にチューンしてオプション装備をガン積みした特別仕様機が積み込まれていた。前払いの報酬で買ったやつだ。


 基本構成はノーマル機とさほどの違いはないが、主武装として20mmセミオート・ライフルを閉所向きに短縮し、弾丸の装薬量と弾頭形状を変更した19.7mmカービン(註1)に変更、対人用副装備としてタタラ用の12.7mm短機関銃「GINDAMA」を携行している。

 肩部には以前のケイビシ同様、切り札の徹甲ロケット弾三発のランチャーをセットして、背部の垂直発射ミサイルをオミットして代わりに追加の燃料電池パックを搭載。

 左手首の高周波ブレード「KODZUKA」はブレード部分を一回り大きなものに換装して接近戦の能力を高め、頭部センサーブロックには熱暗視装置サーマルビジョンと高性能集音マイクが追加されて、本来はのっぺりと丸い形状の頭部が奇怪な面をかぶったような形相になっていた。


 ここまでになるともう、トレッド・リグというよりは小型版のモーターグリフとでもいった方が良い感じ。いずれはこういう小型機、資源も浪費しない安価なマシンがかつてのモーターグリフのレベルまで洗練されて、取って代わっていくのかもしれない。



「おお、こりゃあすげえな……こいつ越しだとコーヒーのボトルにまでマーカーが表示されて、ズームできると来た!」


 ショウはさっきから、支給されたテックカワサキのARゴーグルを弄り回して各種機能を試しては歓声を上げている。こっちは降下前の緊張で嫌な汗をかいているというのに、やたらと寛いでいる様子なのが少し癪に障った。


(まあ、こいつはもともとの生活が尋常じゃ無かったろうからな……こんな輸送機での旅なんて、VIP待遇みたいなもんなんだろう)


 そのショウが、ゴーグルを外して窓外に目を向けてから俺を手招きした――


「おい、サルワタリ。あの青いのは何だ……?」


「あン?」


 小さな窓を覗きこもうとすると、勢いショウと頬っぺたを擦り合わせるような形になってしまうが、ともかく細かいことは我慢――主翼の影で太陽の光から守られた俺の眼に、眼下に広がるものが見えた。潮流と風に操られてゆっくりとうねり皺立つ、青い水面。


「ありゃあ、海だよ。そうか、見るのは初めてか……」


「あれが、そうか!」


 頬に傷のある剣呑な面構えのおっさんが、子供のように目を輝かせて海を見ているのはちょっと不思議な眺めだった。


「話にしか聞いたことが無かったんだ。それももう何世代も前、イリディセントが子供を買い取って連れ去ったのよりもっと昔の伝聞を、口伝えでな……世界がこんなにボロボロの滅茶苦茶になる前は、塩辛い大きな水たまりがあって、そこには魚ってもんが泳いでて、捕まえて食うと美味くて、水たまりのほとりでは物好きな姐ちゃんたちが素っ裸になって体に油を塗って寝そべってた、って言うじゃねえか……ホントなのか?」


「……ああ、ホントだ」


「裸で寝そべるのは何が楽しいのか分からんし、汚染もヤバそうだが……美味い食い物が勝手に泳いでるってのは素敵だな……まだあそこにいるのかな、魚ってのは?」


 ショウが下を指さす。その辺のことを事前に調べてないので俺にも分からないが、いま泳いでいるような魚は汚染されてたり奇形だったりするんじゃなかろうか。

 こいつの一族の古老も、もう少しディティールや背景情報を省略しない形で言い伝えにしてやればいいものを。今聞いた言い方のまま伝えられたのなら、そりゃあ俺にだって何が楽しいのか分かりはしないのだ。


「どうかな……こっちに来てから海を見るのは初めてなんだ」


「……? よく分からん言い方だが、あんたもまあ、内陸の育ちってことか」


「まあ、そういう理解で構わん」


 俺が21世紀の日本からなんかの弾みに吹っ飛ばされてきた時間旅行者タイムトラベラー(片道)だ、などという話は今してもややこしいだけだ。この依頼を片づけて生還し、今より信頼関係が強化されたら話さないでもないが。


 輸送機はカナダ北東部のニューファンドランド島を目指して飛んでいる。

 この辺りはその昔――西暦にして1000年くらいの頃に、ノルウェーからアイスランド経由でたどり着いたヴァイキングたちが、苦労して居留地を築いた場所だと聞いている。ニューファンドランド島はまさにその居留地、ランス・オ・メドーが発見された場所――俺たちの目的地、サンピエール島はその南側にある小島だ。


〈そろそろです、サルワタリさん、ショウさん。お二人とも降下の準備を〉


「分かった――格納庫へ行こうぜ、そのコーヒーも飲んじまえよ」


「へいへい、了解」


 ショウが飲み残しのコーヒーを、カップの蓋とストローを外して直に口に流し込む。これであとはもう、帰還までの間水分はパイロットスーツの飲料水パックから、専用ストローで吸うだけだ。


 今のところ、サンピエール島に近づいても特に警告や所属を問うような接触はない。放棄しているとすれば当然かもしれないが、全く何の反応もないのは、やはり罠の存在を危惧してしまう。

 無事に上空に到達したらしたで、高高度からのパラシュート降下だと風に流されて海面に降りてしまう可能性がある。

 俺たちはまたしても、マッケイ飛行士に、不整地へのタッチ・アンド・ゴーをお願いするという仕儀にならざるを得ないのだった。








註1:

 実際にはこの砲弾は同じく20mmなのだが弾頭のみならず薬莢の形状も違い、20mmセミオートの薬室には収まらないために、在庫管理や補給上の都合で名称を変えてある。

 二次大戦中のイギリス軍の戦車砲弾でも同様の例が知られている。コメット巡航戦車のについて検索されたし。

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