第62話 少女と猫と、二人のおっさん

「襲撃されたギムナン市」のドキュメンタリーは、GEOGRAAF社有利に傾いた企業間のパワーバランスに相応の影響を与えた。直接にGEOGRAAFが手を下した、と明言こそしなかったが、番組中で公開された、センチネルの機体に残っていた映像には、十分にそうと印象付けるだけの真実味があったのだ。


 普段から同様のメカを扱いつつも整備や補給の安定度において数段劣る、独立傭兵たちにおいては特にその影響が大きかった。あの映像を公開して以降、イリディセントのシェアこそさほど回復しなかったが、GEOGRAAFの評判はそれ以上に下落し続けていた。


「モーターグリフにしろ他の兵器、工業製品にしろ……十分な影響力と業績があるのに、なんでそれ以上に欲をかくのかねぇ」


 似たような世界に身を置いていた俺としては、どうにもため息が止まらない。業界のスタンダードになった製品を抱えている企業がやらかせば、その製品自体のイメージもそりゃあ悪くなるのだ。

 結果、搭乗型ロボット兵器の分野では、このところテックカワサキとウォーリック・シェアードの人気がじわじわと上昇しつつあった。


 番組は傭兵ユニオンのアーカイブにも保存され、傭兵や外部の閲覧者も含めて、一日あたり最低でも数百回の再生数を稼いでいる――それで広告料のおこぼれがちまちまと入ってくるのは、市長としては複雑な気分であるらしかったが。


「問題はさ。GEOの評判が落ちてもニコルの居場所が分からないことには、こっちは手詰まりだ、ってことなんだよね……」


「まさにそこだ……連中が業を煮やして、ニコルをどっかに処分したりしないでくれるといいんだが」


 俺の内蔵の修復手術はどうにか二回目を終え、今のところ経過は良好。術後の不正な癒着を防ぐという、生化学素材による巧妙な措置のおかげで腸閉塞の先礼もまだ受けずに済んでいる。

 あとはイリディセントの諜報部門を中心としたニコルの所在調査が実を結ぶのと、俺のリハビリが終わるのと、連中がニコルの利用価値に見切りをつけるのと――どれがどういう順序でゴールラインを通過するか、気の休まらない神経戦の様相を呈していた。


「ああ……見ろよおっさん、これ」


「何だ?」


「あいつら、こんな動画を出してきやがったぜ……『イリディセントの非人道施設から救われた少女、仔猫と遊ぶ』だとさ。カウンターのつもりなのかな?」


「はぁ」


 思わず気が抜けてベッドの上で呆け顔になる。シャム猫に何かが混ざった雑種らしいその仔猫は起きている事態にそぐわず、いかにも可愛らしくて、ニコルもあの虚ろな様子から少し表情を取り戻している。いやまあ、それはありがたい。ありがたいのだが。


(こりゃあ、救出に行くときには猫用バスケットとかが一つ、要り用になるんじゃあるまいな……)


 何とも面倒くさい話だ。なお、少女と猫のおずおずとした交流を記録したその動画は、傭兵たちの間でも密かなブームというか話題になった。

 再生数で微妙に負けて対抗心を燃やした市長が何か新規の動画制作を発注したとかしないとか、そういう話も聞こえてきたが、それが実際に配信される前に――俺たちの行動は次のフェーズに移った。



        * * *



「……そうか、あんたがあの時の。まあ、久しぶり、とでも言っておくか」


 頬に傷のある、凄みの効いた中年男が俺の隣で肩をすくめる。


「お互い、妙なところで顔を合わせることになったもんだな……」


 こっちもなかなかに微妙な表情になる。

 俺はギムナンの市長室で、自警団の隊長代行兼・戦闘教官、エイブラム・ショウを正式に紹介されていた。つまりこの男が――ここへきて二日目に交戦した野盗のタタラ部隊、最後の生き残りというわけだ。


「まあ、あんたらに負けて取っ捕まったおかげで、今じゃここで美味い飯にありつく身分だ……言ってみればあんたは俺の福の神ってことだな」


「仲間のことは、いいのか?」


「あいにくと、一緒に引っ張り上げてやりたいような奴はあの分隊にはいなかったからな。ま、よろしく頼むぜ。要するに俺はあんたに個人的な恨みはないんだ、安心してくれていい」


 その後は無言で、なんとなく相手から視線をそらせずに見つめ合う中年男二人。いい加減にしびれを切らしたのか、市長がぱしっと手を叩いて俺たちの注意を促した。


「親睦はそれなりに深められたようね……サルワタリ、長い間の療養ご苦労様。体が回復したところで早速だけど、今回招集したのは他でもないわ。久々の実働、荒事よ。イリディセントの会長から私経由であなたに降ろす依頼、という形になります。ショウはそのバックアップとして、自警団から出向――だけど、実質ペアとして動いてもらうわ」


「いいね。青ツナギの坊やたちのお守りばかりで、そろそろ勘が鈍りそうだった所だ」


 エイブラム・ショウが不敵な面持ちでうなずいた。こいつは満足そうだが、俺は――ペアで出るという事実の裏にある、これからの仕事の難度の高さに予想がついて胃にずっしりとくるものを感じていた。


「依頼――いや、作戦の。具体的な内容を頼みます」


「ええ。イリディセント諜報部が、GEOGRAAFの外郭セクション同士の通信を傍受して情報を精査した結果――最近いくつかの施設間で、小規模な人員と物資の往来があったことを突き止めました。それ自体は別におかしいことではないけど……」


「何かおかしな点がある、と」


「ええ。カナダの旧ケベック州と、隣接する旧フランス領サンピエール島・ミクロン島の間で、海を挟んで往来が行われている。にもかかわらず、航空機や船舶の移動が確認されていません。そして、その一つの施設がそのまま放棄されている、というのはどう考えても見逃せないわね」


「そいつは……潜水艦でも使ったか?」


「海水面が今世紀に入ってからも大きく下降してるから、その余地はなかったかもしれない……でも、それだけの特殊な移動をするからには絶対に何かあるはずよ」


 なるほど。市長の言いたいことはおおよそ理解できた。つまり、その施設の間でニコルをたらいまわししつつ、何かヤバい案件がらみのものがあればトカゲのしっぽよろしく切除しているというわけか……?


「あなた方にはまず、手始めにその放棄施設へ進入してもらいます。罠が張られていることも十分に考えられますが――そこは、食い破る方針で」

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