第61話 ギムナンよりのメッセージ
「おっさん、そろそろ始まるぜ……!」
レダが俺のベッド脇のサイドテーブルに、例によって彼女の端末を据えてくれた。
ホロ画面が展開し、そこにギムナン地上部の遠景が映し出されて――胸元の大きく開いたデザインのタイトドレスの上にジャケットを羽織った、目の覚めるような美女がその映像にオーバーラップした。
スタジオで合成されたものと一目でわかる画面ではあるが、なかなかのインパクトがある。背景の映像はカメラがズームして、天井シールド部分に放置された態で置かれた、センチネルの残骸がススで汚れた物悲しい姿をさらしているのがアップになった。
「だいぶリアルに作ったな。それっぽく見える」
「やられた機体の残骸には、違いないもんな」
――先日、非公開の情報提供に基づいて傭兵ユニオンのニュースとして配信公開された、イリディセント社の長年にわたる人身売買と人体実験についての疑惑ですが……注目すべき続報が入ってきました。この時間は北アメリカ中立放送協会のアマンダ・コールドウェルがお送りします……
画面に、先日のニュース映像で見たニコルの、動きの少ない動画がインサートされる。
――この少女は、イリディセント社が秘匿していた研究施設から有志の傭兵たちによって救出され、現在は安全な場所で保護されている――先日、私たちはそう知らされました。しかし、それは事実ではないようです。
アマンダ・コールドウェルのバックに映る映像が、ギムナンの自警団詰め所に切り替わる。俺がこの時代に来た初日、食事パックの怪しげな粥と大豆たんぱくの成形肉を食ったあの場所だ。
そこで椅子に腰かけ、くつろいだ姿勢で真っ赤な大粒のトマトを手中で弄ぶ男は、R.A.T.sでの俺の先輩、ゴードン・マンセルだった。
――マンセルさん、その包帯は?
――これか? ちょうど十日前のことだ……俺たちは、ギムナン
――ええと。女の子、とおっしゃいましたね?
――ああ。ニコルっていう名前だった。あの子が来た日にも、ランベルト三機の襲撃があってね。殉職したサクラギの代わりに、たまたまその場にいたおっさんがセンチネルを操縦して、女の子を助け、救援を頼んだ傭兵が来るまで時間を稼いでくれたんだ……いろいろあって、ニコルはそのおっさんが預かって一緒に暮らすことになったんだわ。おっさんはその後、自警団員に志願してずいぶん頑張ってくれたし、ニコルも懐いてた……
――なかなか興味深いお話です。
どこかで見た公共放送の旅番組よろしく、インタビュアーは声だけで画面に姿を見せない。その分、視聴者は――俺たちも含めて――インタビューに答える人物にその意識を集中させられるようになっていた。
次に画面に映ったのは、俺自身だった。少し前にこのディヴァイン・グレイスまでイリディセント広報部のスタッフが来て、このパートを収録していったのだ。
偽装した潜入工作員が紛れ込んで俺に危害を加えるのではないかと警戒して、当日はレダが鬼の形相で警護に当たり、収録のための機材も持ち込みではなくグレイスの備品が貸し出されて、データのコピーだけが手渡されるという念の入りようだった。
――失礼します。ギムナンの自警団に志願、採用されたという男性は、あなたですね? イリディセントの施設にいた少女を養育していたとも聞きましたが……
画面の中の俺は、インタビュアーに向かって身を乗り出し、手を突き出して強引にマイクを奪った。
――ニコル! この放送をもし見ていたら……いや、どうか見ていてくれ……! おじさんはッ……すまん、おじさんはお前を守れなかった! みすみす奴らの手に渡して……ああっ、畜生! お前が淹れてくれたコーヒーは美味かった! お前が毎日学校に行って、同じ年ごろの子供たちと友達になって、楽しいって話してくれるのが、本当に嬉しかった……!
映像のフレーム外にいた医師が俺の横に滑り込んできた。
――サルワタリさん、ダメですよ、そんなに急に動いて、大声を出しては! 腸管の修復手術をしたばっかりなんですから!
昂奮した俺をベッドに横たえようとした医師を、俺は強引に突き飛ばして振りほどき、カメラに向かって噛み付くように叫んだ。
――この傷が治ったら……治ったらな! どんなクソ野郎どもが邪魔しようとも、必ず助けに行ってやる! お前はそんなところで閉じ込められてるんじゃなくて、このギムナンで普通に暮らすべきなんだ! その権利がある! だから、絶対にあきらめるな……俺が行く! 今度こそ……!!
「おお、迫真の演技じゃねえの……」
レダが感心して俺の肩に腕を回した。
「演技じゃねえ。本気だ……今もな」
ひゅう、と口笛を吹いてレダがまた画面に見入る。そこにはギムナンの学校教員たちや医務室のブロッサム医師、クラスメートのメリッサ等々、ニコルと交流のあった人々が次々に映し出され、彼女がギムナンで享受していた人間らしく温かな生活について語っていた。
――ここにトマトがあるだろ、分かるか……俺たちは、これをこうして……! 皆で分け合って食うんだ。食ってたんだ……! 俺たちは、平和を願って来るものは誰も排除しない。ここには貧民もいない。皆貧しいが、平等なんだ……
カメラが自警団詰め所に戻され、ゴードンがトマトをナイフで六つに切った。そして、市長の執務室――
「ギムナン市は、貧しく、取るに足らない自治都市に過ぎないかもしれません……しかし、市民を脅かすものは決して許しません。ニコルは何者かによって施設から解放され、その後同行者を失って、たった一人で荒野を横断してここにたどり着きました。私たちが迎え入れた以上、あの子は私たちと同じ市民で、仲間で……血を分けた同朋です――」
市長が――ジェルソミナがそう言い放って、椅子から立ち上がった。
「私たちはニコルのために、真の正義を求めます。そして正義は必ずや為されるでしょう。私たち自身が選び、武力と決定権をゆだねた戦士たちによって――」
それは逆襲の時を告げる、俺たちの宣戦布告だった。
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