第60話 俺史上最大のロボ……商談

「よ、四億……」


 けた外れの額に、流石のレダさえも固唾を飲む。ドウジ一機が二百万だから、二百機分だ。モーターグリフに換算しても、ベーシックな購入プランの「ランベルト」なら八機は揃えられる――

 

「これは流石に、俺たちの一存で決められる話じゃないな……」


「そうかね? 早めに頼むよ。こうしている間にも、関連企業が二つと小規模の環境制御都市ヴィラ一つが、わが社の傘下を離脱したようだからな」


 うへぇ、と思わず声が出る。日本にいたときにもこれだけの商談を扱った経験はなかった。

 だがこれでも日本円に換算しておよそ160億円。国家予算や兵器の調達費用から考えれば、極々おとなしい部類の規模だ。この会長が生きているような世界では、もっと巨額の、想像もつかない金が飛び交っているのだろう。

 

「それで、具体的には何をする? 俺たちがただ何処かで何かをぶっ壊したところで、それはイリディセントの失地回復になるとは思えん。それに、ニコルの奪還にも繋がる目が見えないが……?」


 ニッケルソン会長は大きくうなずいた。

 

「ミスター・トンコツは洞察が深いな。その通りだ、わしが依頼したいのは、ただの討伐や破壊活動といった戦闘行為ではない。君もすぐには動けんようだし、これは先ず一定の長期間にわたる情報戦――あからさまに言えば、プロパガンダも織り込んだ『認知戦』と言われるものになるだろう」


「認知戦……」


 いくらか馴染みのある単語が出てきて、思わず身を乗り出す――こともできずに傷の痛みで顔をしかめる羽目になった。

 認知戦。俺がこの時代に飛ばされる前、東ヨーロッパ辺りで起きてた戦争に絡んで、一般人にも浸透した概念だ


「そうだな……例えば、ギムナンの市長や警備責任者に、あの少女が拉致された際の市内の巻き添え被害についてインタビューを行い、現場の映像と合わせて傭兵ユニオンのニュースや、その他のメディアで配信する、といった具合にだ」


 なるほど。GEOGRAAFだけにいい顔をさせない、というわけだ。

 なんだかんだと言ってもイリディセント社、特に「フード&ストック」部門が市場に持つシェアは大きく、その影響力も強い。まだまだ完全に屋台骨をへし折られるには余裕があるというわけで、その間にこうしたメディアへの露出で巻き返しの時間を稼ごうというのだろう。

 

「ふうん。姉貴を引っ張り出すなら、どうしたって連絡を取らなきゃならねぇな……!」


 レダが端末でジェルソミナを呼び出す。ホロ画面に現れた市長は軍司令官めいた制帽を目深にかぶり、つばの影から凄惨な目の色をのぞかせていた。

 レダと俺であらましを説明すると、市長は執務室の椅子にもたれて画面から距離を取り、おもむろに結論から入った。

 

〈いいわ。やりましょう……! 共食い整備で部品を取った後、廃棄するしかなくなったセンチネルが二輌ほどありますし、取材が来るときはあれを市街かゲート前に転がしてもいいですね……!〉


「ええ……ヤラセはやめようよ、姉ちゃん」


〈ヤラセ? これは状況再現っていうんですよ〉


 市長の眼が本気だ。正直怖い。

 

〈ああ、そうだ……サルワタリ? あなたのおかげで命を失わずにすんだって女の子がいるの。ブロッサムに頼んでビデオメッセージ撮ってもらってるから、そっちの端末に回すわね〉


「……そういえば」


 そうだ、あの時医務室へ運んだ女の子。ニコルのクラスメート、メリッサとか言ったか。輸血が必要な程度の怪我をしてなお、ニコルの心配をして俺に知らせてくれた気丈な子だった。


「助かったんだな、良かった……ブロッサム先生にもよろしく伝えてくれ。メッセージはあとで見ておく」




 俺たちはそのあと、さらに今後の計画について細部を詰めた。社長直下にあるイリディセント広報部のスタッフが、三日後に現地入りしてドキュメント映像を撮る。

 グレイスで療養中の俺の所にもインタビュアーが来ることになるらしい。


 そして、イリディセントとギムナンの間で巨額のAur@mが口座間を移動する決済がなされた。ドキュメントの配信を待って、その金はギムナンの防衛費として繰り込まれ、テックカワサキにドウジの発注が行われる――


「ニホンにいた時だったら、臨時ボーナスくらいは出てたかねえ……」


 ニッケルソン会長が病室を去った後。扱った案件の規模と動いた金額の大きさに、流石に圧倒されて俺がぼやくと、レダがホロ画面を展開した自分の端末を、俺のベッドのサイドテーブルに載せて指で示した。


「おっさん。これ見てみ」


「何だ……? もしかしてボーナスか?」


「うん、まあボーナスといえばボーナス、かなあ」


 画面をのぞき込むと、そこには何かの納品書のフォームが映し出されていた。既に各項目がびっしりと入力されている。


「姉貴のとこにイリディセントから送られた書類で、現物が届いてから受領済みのサインをするって事らしいけど……これ、実質おっさんのだかんな」


「なに……おい、よく見せろ」


 画面を拡大してのぞき込むと、そこには――


 脚部だけギムナンの格納庫に保管中になっている、イリディセント社製中量級モーターグリフ「スカルハウンド」が完全パッケージでリストアップされていた。

 先の襲撃の直前に依頼で同行した「昇格組プロモ―テッド」グライフ、チャーリー・バザードが使っていた「スライ・ウィーゼル」と同じ獣脚型ディジティグレイド、いわば上位互換機だ。


「……まーたウォーリック・シェアードのテイラー営業部長が渋い顔をしそうだな……」


「いいじゃん。減るもんじゃなしってかむしろ増えるし……」


 組んだときの機体名とか、考えとくといいぜ――レダはそう言って、笑った。

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