第59話 ままならぬ世の仕組みには
「レダ、この場所どこか分かるか?」
「分かるわけねえだろ……! と言ってもまあ、ゴルトバッハが動いてたからな……
GEOGRAAFか――厄介な事態になった。しかめ顔になるのが自分でありありと分かる。
「イリディセントの評判を落とし、空いた市場や打ち切られた取引関係にGEOGRAAFが食い込んで利を貪る。そういう狙いなんだろうな……」
相手はモーターグリフをはじめとする大型兵器の分野に大きなシェアを持つ、いわばこの世界を支配する企業の一角だ。敵に回すとしたら、今後傭兵としての活動に多大な不利を背負うことになりかねない。
ニコルをそんな理由で見捨てることは心情的にはできないが、ことは俺一人の問題ではない。ギムナンの全市民に影響が出る――クソッタレが。
「どうする、おっさん……」
「さてなあ……早まるな、とさっき言ったのはお前さんだが、こっちの件もうかつには動けない。何より俺がこのザマだからな」
「うん。で、あたし一人で動くのもまずいんだよな。ギムナンにまた何かあった時、今度こそカバーに入る手が無くなる。他のグライフを頼めるほどの資金はないし、カイリーも公務で動けねえだろうし……」
「ピス――総督は、頼るにしても最後の切り札だろう」
「
レダが少し顔を赤らめつつ怪訝な表情をする。いやそうじゃなくて、あの礼服だか軍服だかのピスタチオ色が――
――サルワタリ君はここだね? 入っても構わないかね。
ドアにノックの音。どうぞ、と返事してレダにドアを開けてもらうと、そこには意外な顔があった。マイケル・ベルシンガー・ニッケルソン氏――渦中の企業、イリディセントの会長だった。
「……なっ」
「しばらくぶりだな、ミスター・「トンコツ」。元気そうで何より、というわけにはいかんようだが……」
どうしてここに――目顔でそう問いかけると、察しよく向こうから説明が返ってきた。
「しばらく前から社内の動きがキナ臭くてな……カイリー総督に頼んで保護してもらった。傭兵ユニオンのニュース、わしもちょうど今見たところだ」
予期したことが最悪の形で実現したときに人間がする感じの表情として、最たるものがそこにあった。
「ホグマイトの兵器利用の目論見といい、今度といい……うちの生物化学部門の連中はどうしてああも頭のネジが飛んでる連中ばかりなのか。社長に就任した二十年前から、ああいう過去の負の遺産はとっとと情報公開して清算しろと、口を酸っぱくして言っていたんだが」
「知ってたんですか……だったら少々手荒な手段を取ってでも、早期に始末をつけるべきだったんでは……?」
会長個人に対しては特に悪感情はなかったのだが、流石にこれは腹に据えかねる。
「ニコルが――何の罪もない女の子が、なんで武装したロボに追い掛け回されたり、攫われて軟禁されたりしなきゃならないんです」
「おっさん――」
「……早期に手荒な手段込みでやっていたら、連中はそもそもあの少女も含めて、施設ごと灰にしていただろうな」
「なんだと……!?」
「あそこで最近まで養育されていたのは、かつて買われてきた子供たちから数えて三代目ないし四代目だ。施設を出ても、受け入れてくれる親族すらない――いや、厳密に言えば存在するんだが、平たく言えば野盗集団の中に放り込むことになる」
「おい」
会長の話は、胸糞が悪かった。
環境制御都市に移り住むことができずに、汚染された地上で設備不十分な居住地をなんとか確保していた、初期の都市外居住者たち――言い換えれば難民に、百年近く前のイリディセント社、生物化学部門の特に尖鋭化したグループが接触し、幾ばくかの物資や施設の供与と引き換えに、幼く健康な少年少女を買い取った。
彼らは様々な実験、あるいは処置を施されてサイボーグ技術や新薬、また遺伝子操作といった技術の研究開発に貢献させられ、そのうちの何割かはその境遇にありつつも子孫をもうけ、次の世代もまた様々な研究に供された――
「……だからか。ブロッサム医師が言っていた、ニコルの血液の奇妙な組成と数値は」
おそらく、切り刻んでも何かの臓器を人工物に置き換えても、感染症で命を落とすことが少なくなるような、そういう方向での遺伝子操作の結果。
「そうして、現在広く利用されているような、サイボーグ技術をはじめとする医学、薬学と生体加工技術が完成した。我が社ではこの二十年ほど、新規の実験は行っていない……あの少女がいた施設は、もはやイリディセントにとっては盲腸にも等しい用済みの部門だったというわけだ。そのうちに在野の傭兵たちのうち、我が社と契約していた数名が、施設の存在と実態を知るに至ったようでな……彼らの中には偶然にも、件の難民たちの末裔が――野盗と言われるような暮らしから自力で這い上がった傑物がいた。そして、施設を襲って実験体の子孫たちを奪還しようとし――それは半ばまで成功したのだが」
「その先は知ってるぜ……あんたのとこのゲス共は、その傭兵たちもろとも、実験体の子供たちを爆撃で焼いたわけだろ」
レダがそばの壁を、パイロット用グローブをはめた手で思いっきり殴った。重い音と共に金属製のパネルが変形し、剥離した塗料が色の濃いカーペットの上に落ちた。
「あたしと姉貴も、ギムナンに拾われて居住権を得るまではご同様の
「……ふむ。話はもう少し続くんだが、構わんかね?」
怒気の激しさにニッケルソン氏はいささかたじろぐ様子こそ見せたが、気丈にも自分のペースを崩す様子はなかった。
「聞くことは聞くが……先に、俺たちに何かしてくれるつもりなのかどうか、教えてくれ。ただ謎解きと弁解だけじゃ、結局イリディセントを許せそうにない」
「そうだな、君の要求はもっともだ……まず、動けるようになり次第、わしから仕事を依頼しようと思っていた。切り捨てるつもりだったその施設の部門が、ひそかにGEOGRAAFに情報を売ったようなのだよ。研究で得られたデータの一般に公開していない部分の譲渡と引き換えに、自分たちの安全と安泰を保障させる――そういう腹積もりだったようだ。その結果、GEOGRAAFがギムナン襲撃に走ったわけだな。背信者には然るべき償いをしてもらわねばならん――」
「……本社を裏切った生物化学部門に、俺たちが代理でお灸をすえるってことか――それを依頼するというのがあんたのカードか……まさか、それだけか?」
「いや」
ニッケルソン氏は、携行してきていたカバンから、俺たちが使ってるものとは違う、平べったい形の、ちょうど21世紀のもののようなタブレット型端末を出して、何やら操作した。こちらへ向けた画面に、やたらと桁数の多い数字が並んでいる。
「ギムナンの自警団が装備の更新を考えているのは知っている。どうせこのままでは、わが社から将来的に失われる金だ――この額を報酬として提示しよう」
会長のタブレットには、4億Aur@mの額面が表示されていた。
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