第58話 暴露された醜聞

「とは言ったものの、さ」


 ベッド脇に出したスツールにちょこんと腰を下ろし、レダがはぁっ、と気の抜けた吐息を漏らした。


「姉貴が相当堪えてるのは間違いないんだよね……トマツリのこと、信頼してたからさ」


「だろうな」


 ギムナン自警団の新体制について、市長からメールが来たのは今朝のこと。俺もレダも同じ文面を受け取っている。

 飛ばされた翌日に遭遇したあの野盗のタタラ操縦者が、市長に協力して戦闘教官に抜擢された、というのは流石に驚いた。だが、経緯を考えればそんなこともあるかもしれない、程度には受け入れられることではあった。

 だいたいがぽっと出の俺が即日採用されるほどに、ギムナンは常に人材不足なのだから。


 ゴードン・マンセルはじめ、あの日襲撃に対応して出ていたR.A.T.sメンバーは皆、トマツリがなぜあんな行動に走ったかその理由を把握していた。だが、その件については市長が箝口令をいた。今後の士気にかかわるからだ。


 出動してゲート周辺に出ていたセンチネル要員は――当然と言えばそれまでだが――ランベルト二機ともう一機、俺が目撃していないゴルトバッハとも別の戦車型モーターグリフによって、ものの数秒で機体を破壊され戦闘不能に陥った。少なからず負傷もしていた。


 その上で、襲撃者部隊はトマツリに取引を持ち掛けたのだ。

 ――ゲートを開けてその場を確保し、撤収まで協力すれば、部下にとどめは刺さない。

 そういう条件だったらしい。

 トマツリはそれを受けた、というわけだった。

 

 俺の腹に銃弾三発を撃ちこんで消えた男の行方はそんなわけでようとして知れない――こんな言い回しを実際に使うことになるとは、21世紀にいたころは想像もしなかったが。


「あたしがゴルトバッハを叩き落としてギムナンに着いたときには、奴らはもう撤収した後だったよ……天井シールドの上で、おっさんのリグが煙吹いてるだけでさ」

 

「そりゃあ、心配かけたな……」


「いやぁ、一瞬マジで血が凍ったぜ。だけどまあ、どういう手順で突っ込むかは事前にあらまし聞いてたからな。で、ゲート開けて入ってみたら――」


「このザマだった、ってわけか」


「うん」


 逆の立場だったら、俺は多分逆上して滅茶苦茶だったと思う。ケイビシはジャンプ用の推進器など持っていないから、燃料に引火して爆発したりはしないのだが。


 俺はもうしばらく動けない。ディヴァイン・グレイスの医療セクションは手を尽くしてくれたが、担当医が言うには――


 ――正面ではなく側面からの銃撃、それも後ろ半分はバケットシートに包まれて、前面の浅い部分にしか銃弾が入らなかったのが幸いだった。小腸と結腸をだいぶえぐられているが、大動脈や脊髄に損傷がなかったからどうにか助けられた。


 ……だ、そうだ。なかなか稀有な幸運に助けられたということらしい。それでも傷ついた内蔵のあちこちを、俺自身の細胞から緊急培養した組織で復元しなければならない。

 このあとで二回ほどの手術とリハビリが必要になるし、以後数年は食事に注意しないと閉塞を起こす可能性があるそうな。


「ああもう。早く動きてえ……」


 戦線に復帰したいし、稼ぎにも出たい。何よりニコルを探しに行きたい。そういえばこの時代には、テックカワサキのキムラ氏が受けていたような、かなり高度なサイボーグ技術もあるのだし――


「いや、そりゃあやめとこうぜ……」


 レダが難色を示す。


「胸から下をサイボーグ化すると、いろいろ機械部分と生体部分のつじつま合わせが難しいって話だかんな……おっさん、あたしと寝れなくなってもいいかい?」


 驚いた話だが、どうやらはまだ依然有効であるらしい。


「ん。そりゃあ、まあちょっと勿体ねえわな……しかし」


 あの時の敵部隊の指揮官は「大事なお客様だ」などと言っていたが、実際にニコルがどこまで安全でいられるか、分かったもんじゃない。俺の気持ちは焦るばかりだった。


「おっさん、くれぐれも早まるなよ。グライフの中にもサイボーグ化に手を出す奴はそこそこいるけど……生身でなきゃ分からない感覚ってやつもバカにならないんだからな」


 そんなことを言いながら、レダが俺の、点滴をつけていない方の腕を胸元に抱き寄せる。形から想像するよりもだいぶ柔らかな、皮膚と脂肪で出来た丸い塊の存在が伝わってくる。


「まあ、確かにな。バカにならん」


 あんまり堪能していると、違う意味でバカになりそうだが――そんなささやかなイチャイチャを演じていると、不意に、レダの通信端末が例の少し間抜けなアラート音を響かせた。


 ――ピンポロリン!


「何だ……ええと――傭兵マークユニオンの配信ニュース? 珍しいな」


「……レダ。ホロ画面を出して、俺にも見せてくれ」


 何か嫌な予感がした。果たして、そこに映し出されたのは――



=================


 ――イリディセント社が過去数十年にわたって継続していた、人身売買によって供給された未成年者への人体実験についての新事実が明るみに。

 

 同社の開発したサイボーグ技術の基礎には、数代にわたって育成、調整された被験者に対して繰り返し実施された非人道的な実験が存在していた。

 イリディセント社内の研究機関はそのプロジェクト終了と施設閉鎖を前に、用済みになった実験用素体を武装組織の襲撃に擬装して――


=================


 煽情的な文言のテロップを、レダが日本語表示に切り替えてくれたが、正直やめて欲しいくらいだった。


 やがてその画面は、どこかの医療施設のようなところの小さな部屋に収容されて虚ろな顔でどこか遠くを見ている、ニコルの姿に切り替わった――

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