第57話 R.A.T.s、再編

 サルワタリがケイビシのライフルで叩き破った、ギムナン市天井シールドの窓。

 半透明パネルの葺き替えが済んだばかりのその屋根を遠景に、自警団の総員が整列していた。復旧作業に携わった、施設課の要員も含めて全員だ。

 そのうち数人、R.A.T.sの制服を着たものの半数ほどが、どこかしらにまだ包帯を巻き、あるいはギプスを装着している。松葉杖に体を預けて立つ者さえいた。 

 

「ギムナン市自警団、そしてR.A.T.sの皆。街の復旧とセンチネルの修理、整備。君たち自身の負傷の治療およびリハビリ――本当にご苦労でした」


 どこから調達したのか、真新しい深紅のスーツに身を包んだジェルソミナが、制帽のつばに指を触れる古式の敬礼をとった。

 隊員たちの聞き慣れた柔らかで愛らしい声とは裏腹に、今日の彼女の表情は厳しく、硬い。

 

「そして申しわけない。今回の事態を招いたのは全て私の責任です。思えば甘かった――巨大な財力と軍事力を有する複数の企業相手に、ただ自分たちの団結力だけを恃みに独立を保ち、複雑なパワーバランスの中で泳ぎ続けようなどというのは……傲慢というべき愚行でした。しかし、それでも――」


 ごく少ない何人かの団員、隊員だけは彼女の手が、爪が手のひらの肉に食い込んで血が出るほどに強く握りしめられているのに気が付いていた。

 この後に、どんな言葉が続くのか。彼ら彼女らはそれぞれに戦慄を覚えずにいられなかった。

 

「それでもギムナンの独立と、父祖から受け継いだ水と土は守らなければならない。私たちには、これしかないのだから。だから――私はこれからもっと必死に狡猾に、そして非情になろうと思います」


 短い沈黙。


「手始めに! ギムナン自警団のうち、R.A.T.sを私、市長ジェルソミナ・ハーケンの直轄部隊として再編します。以後は私が隊長を兼任、正式名称もこれまでのものから変更することにしました」


 ――ええ……正式名称なんてあったのか? 聞いたことなかったよ。

 

 ――「React Against Trespass & security(侵犯に対する対応と安全確保)」だって聞いたことあるけど……Ratsネズミどもって自虐ネーミングからの後付けバクロニムでしょ。

 

 整列した人員のところどころから、いぶかしげなささやき声が上がる。ジェルソミナは鋭い眼光をそちらへ向けつつ、吠えるように言葉を継いだ。


「曰く。『Rage Against Trespassing Scum(侵犯するクズどもへの激怒)』! そしてそこ! 私語を許した覚えはありません、解散後市長室へ出頭しなさい」


 ――も、申し訳ありませんでしたッ!!

 

 逆鱗に触れたと委縮する団員をよそに、市長はすっと息を吐いて普段の表情に戻った。

 

「それと――今回の襲撃事件において私を補佐し、放送室の奪回と事態の収拾に大きく貢献してくれたエイブラム・ショウ氏を、今後R.A.T.sの隊長代行及び戦闘教官として任命することにしました。ミスタ・ショウ、前へ」


 列の後ろから、R.A.T.s隊員の制服と色違いの黒いツナギを着こんだ精悍な中年男が進み出て、市長の左側一メートルほどの場所に立った。

 見覚えのある顔に気付いた数名の隊員が、声を殺してざわついた。

 

 (おい。あいつ……確か、いつだかの)

 

 エイブラムは彼らの動揺を押しつぶすように、ことさらに傲然とした態度で、隊員たちの方へ一歩進み出た。

 

「いま紹介を受けた。エイブラム・ショウだ。何人かは知っての通り、元はマニトバの荒野で都市外居住者――お前らが言う『野盗』をやっていた」


 誰かが息をのむ音が、緊張した空気の中にひどく大きく響いた。


「気に入らないやつも多いだろうな。だが、俺はこの街が気に入った。ここで作る野菜もだ……外の仲間に全然未練や義理がないわけじゃあないが、奴らはまあ奴らで上手くやってくれるだろう。誰か一人でも生き延びて、そこから建て直せば勝ち――俺の一族はそういう風に暮らしてるからな。だが、お前らはそうもいくまい。互いを守って、全員で仲良く生き延びなきゃならない……ご苦労なこった」


 ふん、と鼻を鳴らしてうつむいたエイブラムが、再びそのギラついた眼を一同の上に据えた。


「だが、そういうのも嫌いじゃない。だから、俺がお前らに生き残り方を教える。叩き込んで鍛え直す。お前らが互いを守って生き延びられるようにな……分かったか? 分かったら以後、返事の頭とケツに『サー』をつけろ。そして俺のことは『教官殿』と呼べ」


 ――サー! イエス、サー!


 順応の早い誰かが、威勢よくそう返した。


「なかなか良し。じゃ、市長。あとはよろしく」


 そう言って、エイブラムは一歩後ろへ下がった。入れ替わりに市長が前に出る。


「戦力としてセンチネルが非力であることも、これまで以上に明確になりました。手始めに、サルワタリが稼いでくれた資金を調達費に充て、テックカワサキのドウジを一輌、一週間をめどに配備します。また、ウォーリック・シェアードに交渉してセンチネルを順次スピアヘッドに更新、並びにセンテンスを単座に改装して戦力として正式に再配備。ドウジ及びセンテンスの搭乗員は選考の後、通達するものとします――」


 こまごまとした組織の改編についてその後も報告と通達が続き、市長は最後に檄を飛ばして締めくくった――


「くだらない勢力争いのために私たちの街を土足で踏み荒らし、子供を傷つけ、攫ったやつらがいる。トマツリ戦闘班長は作戦中行方不明M.I.A.、専属傭兵たるサルワタリは重傷を受けてグレイスで加療中――しかしここが踏ん張り時です! やつらに、目にもの見せてやらなくてはなりません。これまでに数倍する奮起と努力を、皆に要求します――以上!」

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