第52話 狩られるものの狡知

 湖水地帯の入り組んだ谷間に入って、約二十秒。後方カメラを確認したレダは快哉を叫んだ。


(よし、まんまと誘いにのってくれたぜ……!)


 モニターに映る飛行型機体の影。こちらをぴったり追尾しているようだが、高度をかなり高くとっている。


「……そうだよな。そいつの速度じゃ、谷の中には危なくて入れないはずさ」


 無数に点在する湖の多くは水が枯渇して落ちくぼんだ地形を作り出し、周辺には酸性雨で軟部を失い白骨化した、マツやトネリコアッシュの高木が虚空に突き立った棘のようにそびえて視界を遮っていた。

 湖底と岸壁が作り出す隘路の幅は、狭いところで百メートルに満たない。

 音速の数倍、それもジェットエンジンの推力にほぼ依存した飛行を続ける敵機体にとって、地上すれすれを走るレダを至近距離に捉えて追い続けることは至難だった。


 ネブラスカでレダが敗北を喫した理由は、今でははっきりしていた。捜索のために高度を取って、なおかつ音速以下で巡航していたのが原因だ。

 コンデンサーへの電力供給と消費のバランスに留意するあのモードからは、戦闘機動に移行するのにわずかながらラグが生じる。


「悪いな。こっちは駆け出しのころから散々、ここいらを走り回っててね」


 ネオンドールを滑走させつつ、ランダムなタイミングで急角度の進路変更。敵の想定射線を地形の起伏と樹木で切り、頭上を飛び去ったところに後ろから40mm機関砲を散発的に発砲して挑発する――その繰り返し。


 敵機はついに焦れて、飛行形態の維持を断念したらしかった。空中でガクンと減速し、そこから折りたたんでいた手足を奇妙な角度で展開していく。脚部の補助ジェットノズルを吹かしながら地表に降りたその姿は、やはりモルワイデの系列につながるものだ。


 オープンに発信された通信をアンテナが拾い、尊大な感じの声音がスピーカーから飛び込んできた。


〈ザザ……レダ・ハーケン! 私とザッ……の『クラウド・バスター』をザザ……きずり降ろすとザ……〉


 酷いノイズ交じりだが、声自体はユニオンの広報映像で二度ほど聞いたことがある。ゴルトバッハだ。帯域を合わせてこちらも発信してやる――


「悪りぃけど、何言ってんのか分かんねえ。アンテナぐらい調整しろよ、ゴルトバッハ」


〈……ザザれぇっ!! 目にもザザーー!!〉


 ノイズにまみれた罵声と共に膨れ上がる、殺意を帯びた空気。鋭くそれを察知したレダは、ネオンドールを機体二つ分ほど横へ滑らせた。


 直後、その空間をビームが通り過ぎる。それは機体が巻き上げた砂や有機物の粉塵を灼いて、白く発光させた。


「相変わらず、物騒なもん使いやがる!」


 ネオンドールの肩部ユニット上面にセットされた、三連装ポッドから小型ミサイルが吐き出される。一発は高初速の運動エネルギーミサイルK.E.M.、一発はチャフとスモークをばらまく目つぶし弾頭。


 そしてもう一つは、直上で炸裂して自己鍛造弾頭を降らせるタイプの特殊弾頭だ。


 ゴルトバッハと彼の機体「クラウドバスター」はK.E.M.と自己鍛造弾頭をどうにかかわし、スモークをくぐり抜けた。だが、そのカメラ視界にネオンドールは既にいない。



「ムウッ! どこへ行ったレダ・ハーケン!」


 ゴルトバッハはネオンドールの機影を求めて、機体各部のカメラ全てを索敵に向けた。地形が高速での直線的移動を許さないのは双方とも条件は同じ――そう遠くへはまだ行っていないはずだ。


 カメラのひとつが鮮やかなピンク色を映し出す。白骨化したトネリコ群落の間から見えたその色彩に、ゴルトバッハの視線は釘付けになった。


「見つけたぞ!」


 クラウドバスター背部のジェットエンジンを水平方向に噴射し、脚部の補助ジェットも全開でその地点へ向かう。

 奇妙なことにドップラー・レーダーも赤外線センサーも近接警報音を発していなかったが、ゴルトバッハはそれに注意を払っていなかった。


「バカめ……こんな岩山と枯れ木ばかりの灰色の土地で、そんな塗装を使い続ける。目立ちたがりにもほどがあるわぁッ!」


 機体全高にほぼ等しい長さの非実体ブレードを生み出す、高出力プラズマソードを左腕から展開。進路を遮る枯れ木をなぎ倒し炎上させて、次の瞬間、ネオンドールに向けて振り下ろ――したはずだった。


「なっ!?」


 斜めに立ち上がった斜面に、叩きつけられたピンク色――それは、モーターグリフなどではなかった。


「これは……絵!? いや」


 絵ですらなかった。岩壁にぶちまけられた、ただの塗料だ。


 ソードを振り下ろした姿勢で固まったクラウドバスターの背部ジェットを、40mm機関砲弾が衝撃と共に撃ち抜いた。

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