第51話 急がば廻って敵を討て

 あと五分ほどで、ギムナンが見える――レダは推進剤を一切惜しまず、ネオンドールを疾駆させていた。

天秤リーブラ」経由で受けた、石油採掘施設の防衛作戦を片づけ、補給のため所有企業の拠点へ入って休息を取っていたところだった。そこに、天秤の作戦管理室から急報が入ったのだ。


 あいにくとその拠点に「ブルーム」はなかった。そして位置関係でいえば、ディヴァイン・グレイスに取って返してあのセッティングの面倒な長距離ブースターを用意するより、素の機動力で目いっぱいに急ぐ方が、わずかに早い。彼女の心情として選択肢は他になかった。



「ネオンドールが高機動タイプで助かったぜ……助かった、けどっ!!」


 レダは操縦スティックを握る指に力を込めながら、歯ぎしりして毒づいた。


「なんで、こんな時にアレが出てきやがるんだよ!!」


 燃料電池から供給される電力は、化学反応の速度に依存する。だからこういう形での長距離移動の際は一定時間地上を滑走して、その間にコンデンサに電力をチャージしてから、推進器スラスターに点火して一気に加速する――その繰り返しが要求される。


 その苛立たしいチャージ走行の最中に、上空に現れたのだ。ネブラスカで彼女を襲った、あの飛行型モーターグリフが。

 青みがかったダークグレーで塗装された、とがったくちばし状の機首を持つ姿。


 モルワイデをベースに作られたと思しき、謎の強敵だ。


(この一件……正直、全体の絵図はあたしにはまだ見えねえ……だけどなッ……)


 心中で独り言ち、その先は、噛み付く勢いでモニタースクリーンに向かって叫ぶ。


「こいつの魂胆だけははっきりしてる! 姉貴のことを気にして動揺するあたしを、揺さぶって優位に立とうって腹だぜ、クソがぁッ!」


 そう簡単に、思い通りになってたまるものか。


 そうだ。ギムナンには今、サルワタリが駆けつけているはずだ。おおよその突入プランは聞いた、呆れるほど滅茶苦茶だが、一応の筋道は通っている。勝算は――五分に満たないにしてもゼロではない。ならば。


「おっさん、そっちは頼むぜ……あたしはこいつを片づけて、それから追いつくからな」


 既にサルワタリとの通信は切れている。声に出したその言葉は、レダの独白でしかなかったが――ともあれ。

 高速飛行の利点が打ち消される舞台へ、誘い込んでやる――

 

 ギムナンへのコースからそれて、あえて東へ。旧オンタリオ州の湖水地帯、氷河に削られた岩山の間。迷路のような谷の連なるその場所へと、レダは愛機を走らせた。



        * * *



 ライフルを落とした地点までクグツを走らせ、放棄された居住棟の瓦礫に分け入って、目的のものを拾い上げる。

 二十ミリセミオート・ライフル。機関部側面にプリンのような形状のドラム型弾倉を横向きに装着するレイアウトは、二十世紀の傑作機関銃から受け継いだものだ。


「問題は、こいつの火器管制をきちんとできるだけのソフトウェアがクグツには入ってないって事だけなんだが……まあ最悪の欠点だわな」


 むろん、一発一発正確に頭を撃ち抜いてやるような正確な砲撃など必要ないし、やる気もなかった。こちらへ銃口を向けるやつは、問答無用で二十ミリを撃ちこんでやる。願わくば、跳弾で死ね。さもなくば、壁を砕いた破片に当たって死ね。


 クグツにライフルを腰だめに構えさせ、ぐるりとその場で後ろ――行政機関などの重要区画のある、北側壁面の方へ機体を向けた。


「ははあ、おいでなすったな……?」


 壁面に開いたゲートの一つから、武装した一団が姿を現した。二十一世紀の歩兵とあまり変化のない、ダークグレーの野戦服。それにゴーグルやボディアーマーを装備して、アサルトライフルや分隊支援機関銃らしきものを携えた、二十人ばかりの集団だ。


 おそらく、天井シールドの近辺にいたモーターグリフの乗員あたりから、俺の侵入とそれに伴う状況の変化を伝えられたというところだろう。


「おっと、物騒なもんを持ってるのがいるじゃねえか」


 俺は幸運にも、彼らの一人が背負った太い筒状のものに目を止めることができた。多分対戦車ミサイルか、RPGのような擲弾発射装置。

 タタラの無反動砲のような多目的榴弾HEATMPを撃ち出すとすれば、トレッド・リグはおろかモーターグリフに対しても一定の脅威足り得る――ましてや、非装甲のコクピットをもつクグツでは、至近距離で爆発しただけでも俺の命がやばい。


「おいたをする前に、おネンネしてもらおうかね! ファイア!」


 クグツの操縦スティックに発射トリガーはない。本来なら精密作業用のグローブに手を突っ込んで、直接マスター・スレイブ方式でクグツの指を操作しなければならないが――幸いキムラから貰った、テックカワサキ製ARゴーグルはクグツにも使える。


 発射ファイアを命じた俺の声をトリガーにして、クグツの指に信号が送られた。毎秒五発ほどのゆっくりした間隔で発砲と排莢が繰り返される。

 照準はつけられないので、着弾を見ながらその場で修正するしかない。


 距離が近いおかげでどうにか、二十発ほどの消費で俺はその兵士たちを無力化、というよりは無力な肉塊に変えた。多目的榴弾HEATMPが誘爆して発射器の外装が吹っ飛び俺の傍をかすめる。


「うぉ、危ねえ……!」


 むき出しの体で発砲音を浴び、頭がクラクラしたが、俺はそのまま辺りを警戒し続けた。後続が出てきてくれれば叩く――叩くまでだが。あいにくと、ゲートの奥へはクグツのサイズでは入れない。


「これは、どうにも手詰まりか……?」


 トマツリたちR.A.T.sの連中や、市の職員たちとの連絡が確立できていない現状。 

 市長とニコルの安否を確認し安全を確保するには、どうやらもっと危険に身をさらすしか方法がなさそうだった。

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