第50話 それぞれの、行動開始
――むやみに殺すなよ。
――了解!
発見されなかったところを見るに、
(目的は誰か重要人物の拉致か……なるほど)
どこの部隊なのかねえ――声に出しそうになって慌てて口元を押さえる。二カ月も押し込められていた間に、どうも
今の男たちが着ていた装備には見覚えがない。だが恐らく、自分の「一族」に接触してきていたのと同じ企業の、関連性のあるセクションには違いあるまい。
エイブラムたちが受けた依頼の目的は、ギムナンの警備体制を検証する事だった。
(まあ、いろいろと狙われてるんだろうな)
野菜に土壌。水。勤勉で我慢強く従順な、教育を施された市民――ここには、他所の勢力が欲しがるものが随分とたくさんある。
ギムナン側について恩を売る方向で動く――そうは決めたものの、さてこのままでは身動きがとれない。換気ダクトの中に潜り込むのは、本来ならばあまりいい手ではないが、袋小路のようになった留置場のセクションからはさっさと移動したい。そして何か武器を調達しない事には。
幸いメンテナンスのことを考えてあるらしく、ダクトの中は大人一人がしゃがんで進み、必要なら方向転換できる程度の断面積はある。侵入のために外してその場に放置せざるを得なかった、換気孔の
しばらく進んであてずっぽうに分岐の一つを選んだ直後だった。
前方の暗闇の中に、誰かいる。エイブラムの喉が思わずぐびりと鳴った。
――名のれ。返答が無ければ撃つ。
殺気を帯びた鋭いささやき。どこからか廻りこんできたかすかな明かりを反射している金属光沢の物体は、恐らくサイレンサー付きの拳銃か。
丸腰のエイブラムには絶体絶命のピンチだったが――目の前の人物が発した声には、聞き覚えがあった。
「……市長さんか? こんなところに潜り込むとはな」
「え……?」
声に漂っていた剣呑さがふっと霧散し、柔らかな芯の部分があらわになったように思われた。ああ、やはり――エイブラムはうなずく。この声はあの年齢不相応に幼げな顔立ちをした、それでいて凄腕の操縦者でもあるあの市長だ。間違いない。なにせ、収監されてしばらくは三日と空けずに事情聴取に訪れていたのだから。
「ピンチなんだろう? 協力するぞ……ここのメシは美味かったからな。囚人に出すものとは思えなかった」
「あなた、あのタタラの……? なんで独房から出て……」
「電子ロックを信用し過ぎだ。電源が落ちたらただの重い引き戸じゃないか」
俺なら特殊合金製のぶっとい
「そういうこと……いいでしょう、協力してくれるなら助かるわ。ついてきて」
市長の進行方向は、どうやら先ほどの分岐点の方角。
そこまで戻って先ほど選択しなかった側へ、二人は市長を先頭にする形で位置を入れ替え、さらに奥へと這い進んだ。
* * *
パラシュートは何とか役に立った。瓦礫の上に身体を投げ出してあちこちぶつけはしたが、傘体やコードに絡まれないうちにその場を離れる。
ライフルを包んだ梱包材の、皺立った半透明の白い表面が、大分離れたところの瓦礫の間に見えていた。場所を頭に叩き込んで走り出す。
目標は――作業用重機の格納庫だ。あそこにはクグツが十機ほどあった。一つでも無事に残っていれば、それであのライフルを取り回せるのだ。
そしてどこかで断続的に銃声。いまのところ鉢合わせになるようなことは起きていないが、こっちは安物の自動拳銃程度しか武器を携帯していない。
(クソッタレ共が……)
市長も心配だが、ニコルのことが何より案じられた。あの爆撃跡から考えるに、彼女がいたという施設、あるいはそこからの拉致若しくは移送されたいきさつについては、まず間違いなく、なにか公にしたくない事情を持った連中がいるに違いないのだ。
駆け込んだ格納庫には人影もなかった。非武装の作業用リグということで、賊も見逃したのだろうか。グレーの防塵カバーを掛けられたクグツが並んでいる。
併設の事務所に駆け込んで、壁に掛けられた始動キーを一個掴みとった。銅ベースの合金に打刻された数字は「4」。4号機だ。
日本語が通じると言っても、ギムナンの住人は大体キリスト教ベースの文化を継承している。彼らに4を忌避する習慣はないらしかった――俺も気にはしない。
縁起が悪いというなら、向かってくる相手にそいつを擦り付けてやればいいのだ。えんがちょ切ーった、というやつだ。
カバーを剥ぎ取ってコクピットによじ登る。さすがにロールバーに囲まれただけのむき出しは嫌な感じだが、幸いなことに、備品置き場の棚の上に、溶接作業用の防護シールドがあった。リグやモーターグリフの火器には紙も同然だが、対人用の7ミリ程度の銃弾はこれで弾けそうだ。
(待ってろよニコル。無事でいてくれ……)
まずはライフルの回収。俺は起動したクグツの左手に防護シールド、右肩に拾い上げた防塵カバーを引っ掛けて格納庫を出た――
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