第49話 落ちる男、這い進む男
〈なっ……トレッド・リグがぁ!?〉
通信機に飛び込んでくる、敵パイロットの驚愕の叫び。間抜けにもマッケイとの通信回線が開いたままなのだ。
飛行場には敵モーターグリフが二機。どちらもお馴染みの「ランベルト」だ。
辺りに転がってまだ煙を上げている、数台のセンチネルらしき残骸が目に入り、俺の頭の中で何かのスイッチが入った。
ケイビシの肩に装備したロケットランチャーを、
あたらなくても構わない、ロケットは元より目くらましだ。滑走路を斜めに横切るCC-37から、俺はカーゴベイ後方のシャッターを
ロケットの一発がランベルトの片方に着弾し、派手な爆炎を上げる。
(ざまあ見ろ! 頭部カメラに直撃だ……!)
〈
すでにラッキーなんだがな――
マッケイからの通信がそれを最後に切れ、CC-37は滑走路上で止まることなく再び速度を上げて機首を引き起こした。
飛び去る輸送機と、鼻先に迫る俺のケイビシ――無事な方のランベルトは、一瞬攻撃の優先順位をつけかねたように手にしたガトリング機銃の銃口を彷徨わせた。
(莫迦め!)
俺はこいつらの相手はしない。もとより正面切って戦って勝てるわけがない。どうせこいつらはすぐにレダが片づけてくれる。
ケイビシの20mmセミオート・ライフルを、俺はカーゴベイに転がっていた梱包材で、わざともっこもこに巻いて包んでおいた。それを抱えて、機体は天井シールドの採光窓へとひた走る。後ろからガトリングの火線が追いかけてくるが――こっちはシールドを背中に装着して、
そして機体の全高差のせいで、この距離では奴らは銃口を斜め下へ向けて撃つことになり、目測や着弾予測を外して動けばそうそう当たらない。
ロケットは目くらまし――それはロケットのみならず、ケイビシも例外ではない。
窓の半透明パネルにライフルを叩きつけた。割れたパネルが脱落して開いた穴に、俺はそのままライフルを投げ込み、機体正面にあるコクピットハッチを開いた。
ガトリングの火線が追い付いて、ケイビシの頭部アンテナが、腕部の装甲が削り取られていく。最後っ屁とばかりに、俺は機体の背部スカート下に仕込んだスモークをリモコンで点火した。当然ながら、煙色は黒――レダの一件に学んだ欺瞞の一手だった。
「短い間だが、世話になった――最高の愛機だったぜ!」
燃料電池駆動の機体だ、爆発などは起こすまいが。
俺は煙を上げるケイビシに別れを告げると、パネルの大穴に身を投じた。
「んギひィイイィィィエエアアアアアアー!!」
毎度ながら汚い悲鳴。前回と違って今回は完全に生身をさらしての超短距離降下だ。背中のパラシュートを開くまでの時間はシビアこの上ない。
俺は懸命に上を見上げ、穴から十分な距離を取ったところで手元の赤いコードを思いっきり引いた。
* * *
「騒がしいな……」
ギムナンの岩盤に囲まれた行政区画。その一隅にある小さな部屋で、エイブラム・ショウはぎょろりと目を開けた――暗い。何が起きている?
気付けば、ここに入れられて二カ月の間ずっと安眠を妨げてきた、あのかすかな空調の音まで止んでいる。
どうやら何かこの都市に良くないことが起きたらしい。エイブラムはそう判断した。逃げるなら今か――
普段は電子ロックされているドアに手をかけてみる。ひどく重いが、どうやら動くようだ。さてどうしたものか。
エイブラムはギムナン周辺を縄張りにする都市外居住者――平たく言えば野盗集団の、戦闘要員だった。彼らは戦場跡を漁ってはリグのパーツやそのほかの鉄くず、ガラクタを拾い集め「一族」の拠点に持ち帰って粗製の機体や武器を作り、それで狩りをする。
獲物は、何でも。都市間の輸送を担うトラックや、滅多にないが単独の旅行者。あるいは変異した野生動物。時には企業のエージェントと接触し、パーツや物資の供与と引き換えに荒事を引き受けることもあった。
それが――二カ月前にこのギムナンの外縁部で盗掘を演じる、という依頼を受けて以来、何もかもが変ってしまった。ありていに言えば、彼と仲間は手ひどく失敗したのだ。
貧弱な装備しかない自警団、と侮ったのが間違いだった。パトロールに出ていたセンチネルの小隊に、とんだ
仲間は撃破されて機体と運命を共にし、エイブラムだけは何とか命を長らえた。一通りの尋問を受けた後は市の留置場に収監され、毎日それなりの食事を差し入れられて――
「……あんなもんを食ったのは、ここのメシが初めてだった」
エイブラムはひどく奇妙な気持ちになった。
市の安全を脅かす野盗として捕らえられ、独房に監禁されてはいたが、ここで味わったのはよほど人間の生活らしい、何かだったのだ。
「自由の身になれるとしたら、そりゃ結構なことだが……参ったな。あの野菜……『トマト』だっけか。あれが食えなくなるのは、ちょっとな……」
堅いゴム底の靴を履いた複数の足音と、散発的な銃撃音が、外の回廊を次第に近づいてくる。身についた危険への嗅覚が激しく警鐘を鳴らした。だが、ここで上手く立ち回れば――彼はそんな考えにふっととらわれた。
上手く立ち回れば、もう少し面白い生活が手に入るかもしれない――
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