episode9:ある男の奮戦

第48話 来〇軒、タッチ・アンド・ゴー

(ええくそッ……落ち着け。落ち着け俺! 今この状況でできることは、そもそも限られてるんだ――)


 だったら、できることをやるべき順序でやるしかない。俺はこの後の行動について考えを巡らせた。

 輸送機の進路はこのままでいい。もとよりギムナンへ帰投するためのフライトだ。だが、敵が制圧している可能性のある場所に、のんびりと着陸するわけにはいくまい。


「マッケイ! パラシュートあるか?」


〈え、どうしたんですサルワタリさん〉


 驚いているところを見ると、俺とレダの通話をモニターするようなことはしていなかったらしい。説明の手間が煩わしいが、まあ、信用のおける男だと分かるのは良いことだ――

 

「ギムナンが襲われたらしい。どうも今回は大規模で手の込んだやり口だ……レダも向ってるが、飛行場は押さえられてるかもしれん〉


 かもしれん、というのは希望的観測もいいところだ。まず間違いなく制圧下、恐らくモーターグリフの一機くらいは配置されている。俺だってそうする。


〈なっ……そいつは参ったな……〉


「ないのか、パラシュート」


〈すみません、こないだのやつはホントに、思い立って用意した追加装備だったもんで……いつもはこいつCC-37からジャンプスラスターもついてないリグを落っことすようなことはしないんですよ〉


「まあ、そうだろうな……」


 申し訳なさそうに弁解するマッケイに、俺もそれ以上の言葉を持たなかった。常時そこまでの対応を個人に求めるなら、俺自身が彼を恒久的に雇わなければならなくなる話だろう。

 

 タタラやケイビシには、ジャンプやブースト機動に使う推進器スラスターの類がついていない。移動は巨体ならではの歩幅を利して、愚直にドスドスと歩き走るだけだ。

 

(ドウジの配備が間に合ってりゃなあ……)


 あの機体なら脚部にホバーノズルがあるし、上半身の追加装甲パネルを上手く使えば、空気抵抗で減速くらいは――いやいや。

 我ながら恐ろしいことを考えるようになったものだ。

 

 あとはそう、ギムナンで高所作業に使っているクグツなら、いっそ緊急用ブースターで一回だけ飛び降りには対応できるのだが。無いものねだりをしても始まらない。

 

「レダ。そっちはあと何分で着く?」


〈ああ……出先だったからな。どうしたってあと20分はかかる……クソ、グレイスからだったら長距離移動用のブルームが使えたんだけど〉


 ブルームというのは、基本使い捨ての集束ロケットブースターだ。モーターグリフの背面に背負うように取り付け、全長は40メートル程になる。これがあれば地球上のどこへでも60分以内に到達できるという優れものだが、さすがに個人で調達できるものではなかった。


「じゃあ、タッチの差でこっちの方が早いな……」


 こちらの到着まではあとおおよそ18分だ。どうにも具合が悪い。ああ、だが――

 CC-37自体は、傭兵が自機の輸送によく使う足だ。接近しても、何らかのアクションを起こすまではさほど警戒されないのではないか?

 

(ああ……ろくでもねえ! ろくでもねえアイデアばっかりが頭に浮かびやがるが……無策よりはましなんだよなあ……!!)


 ゲートの封鎖を突破して、市の居住区に突っ込むためのプランが、おおよそ頭の中で組み上がった。問題は――俺の安全と身体の健康がまるで考慮されていないことだが。

 

「よし、分かったレダ。それでいい、可能な限りですっ飛んでギムナンに来てくれ。俺は先に居住区へ入るから、上にいるモーターグリフの始末は頼む」


〈あ、ああ……言われるまでもねえけど。おっさん、何をする気なんだ?〉


 何を、と言われてもかいつまんだ説明は難しい。イメージ通りにいくとは限らないし、半分がた出たとこ勝負でやるしかない。

 

「市長と、ニコルと――ギムナンのみんなを守るために……俺にできることをやるのさ」



        * * *

        

        

「人間用のパラシュートは流石にあったか」


〈そりゃ。無いと、いざというとき俺が困ります〉


「それを提供してもらうんだから礼はたっぷりしないとな……生還できるように祈っててくれ」


 機内にあった備品のパラシュートを1セット拝借。背中につけてケイビシに乗り込む。まもなくギムナン上空にさしかかる。

 

〈生還できるように、ったって、俺も突っ込むんですけどね〉


 マッケイがため息をついたが、少しだけ嬉しそうにも聞こえた。

 

 CC-37はちょうど腹の中に箱を飲み込んだヨタカのような、不細工な格好をした垂直・短距離着陸機VSTOLだ。機体下面の箱型貨物室カーゴ・ベイは前後にシャッターが設けられ、前にネブラスカ上空からの降下を敢行したときには、後部シャッターを開放してケイビシで空中ヘ踏み切った。

 

 で、今回は――

 

〈接近中の輸送機に告ぐ――現在ギムナンの飛行場は封鎖されている。着陸は認められない。繰り返す――〉


 管制塔から発するべき電波をジャックしたらしい。敵機体からと思しき通信が飛び込んできた。

 

〈ああ? こっちは期日までにちゃんと届けないとおマンマ食い上げなんですがねぇ。何とか一つ、荷物だけでも引き取って届けちゃもらえませんか〉


 マッケイが哀れっぽい声で泣きを入れる。彼の立場上あながち嘘ではないから、演技でもリアリティがあった。


〈……ふん。積み荷はなんだ?〉


 通信相手のパイロットは少し興味を惹かれたような様子で質問してきた。バカめ、色気を出しやがったか。

 向こうは返事を待っている。CC-37はカーゴベイ側面に配置された着陸脚を展開し短距離着陸の体勢に入った――と、見せかけた。

 

「ラーメンです、トンコツ三人前」


 俺は回線に割り込んで、思いつく限りの場違いな答えをぶち込んでやった。


〈ラーメン!?〉


 虚を突かれた敵パイロットがおうむ返しにそういった瞬間。カーゴベイおかもちシャッターふたが前後共に開放された――

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