第2話 全兵装、全弾発射!(なお)
「とにかくなんだ、要するにこりゃあ――戦争なのか?」
間近に降り立ったさっきの人型ロボが、ガトリング機銃を何かに向けて二秒ほど連射した。その恐ろしげな轟音が、俺を目の前の現実に向き合わせる。よく分からないが――ここが何処なのかすらよく分からないが、戦争かそれに類することが行われているのだ。
「くそ、冗談じゃないぜ……」
ニュースで見た東欧やら中東やらの、紛争や武力衝突が頭に浮かぶ。こんな恐ろしい状況でよくも何カ月も持ちこたえられるものだ、人間というやつは。
ともあれ急いで身の安全を確保するとかなんとか、行動を起こさなければ。このまま当てもなくうろついていては、間違いなく死ぬ。
手回り品を確認する。会社から強要されて持ち歩いている酷い型落ち品の携帯端末。スーツのスラックスの上に、社名ロゴの入った薄いモスグリーンの長袖ブルゾン。少しすり切れたスニーカーと小銭入れ一体型のかさばる折り畳み財布。胸ポケットにはボールペンと免許証。それに軍手。
生存の役に立ちそうなものは特にないが、持ち運びで頭を煩わせるほど余計な荷物もない。よし――
襲撃者の人型ロボはこちらに背中を向けているようだ。今がチャンスとばかりに、俺は瓦礫の間から抜け出して、別のもっとましな隠れ場所を探そうと駆け出した――が。
足元がぐにゃりとしてバランスを失い、尻餅をついた。手に何か濡れた感触。すぐそばの路面に、何かの制服らしいブルーのツナギにシールド付きヘルメットをつけた男が倒れていた。あの機銃で撃たれたものか、下半身は原形をとどめていない。
遺体から少し離れた所には、全高4mほどのダチョウめいて二本の足だけが生えた、シンプルな形のロボットが横倒しに転がっていた。地面に接した破損部分からは漏電による電気火花がバチバチと点滅している。
そして不意に、前方の路地から小柄な人影が飛び出してきた。ひっ、と息を飲む音がやけにはっきりと耳に届く。
服というには少々疑問のあるボロボロの布地を体に巻き付けた、十代に差し掛かったくらいの少女が、俺が見ているものと同じ惨状を目にして凍りついていた。
「ひ……ひゃあッ!!」
少女ががっくりと膝をついて座り込む。薄汚れた頬には絶望の表情。
最悪だ。俺一人が死ぬ分にはあきらめもつく。何もしなければ程なくあの巨大ロボが、踏みつぶすか瓦礫ごと蹴飛ばすか、いずれ無造作に殺してくれるだろう。
だが、目の前であんな年頃の女の子が。普通に家庭を持っていたら俺にも恵まれたかもしれない、そんな子供が。訳の分からない暴力に巻き込まれてみすみす目の前で死ぬ――俺が何もしなければ、恐らく確実に。
(ええぃ、クソッタレがぁッ!!)
やり場のない苛立ちと情けなさが沸騰した、その時だ。
――サクラギ! そちらへ一機降りた、何とか対応してくれ! サクラギ!
転がっているロボットの機体から、ノイズ混じりの音声が聴こえてきた。どうやら死んだ男には、連絡を取り合う仲間がいたらしい。
(あー。ええと、こういうの何とかって言ったな……そうだ……「僚機」! 僚機って言うんじゃないか、確か)
その時、天啓のように何か突拍子もない考えが頭に降りてきた。あの機体はずっと漏電でスパークしている。通信も生きている。つまり――まだ動かせるのでは?
(そうだ、あの胴体の部分から突き出てる筒……あれ、もしかして武装じゃないか?)
襲撃者の機体はまだこちらに気付いていない。サクラギとやらが使うはずだったダチョウ型を転倒させて安心しているのか。頭部を左右にゆっくり降って、何かを探しているようでもある。
「二本足ってぇのは……バランスが崩れやすいんだよな」
ゴクリと唾を飲み込む。現に俺もさっき転んだ。人型機体の膝裏、関節部のパーツはここからだと丸見えだ。サクラギの血でべとつく路面に手をついて犬のように這い進み、少女の耳元で声を潜めて叫ぶ。
「おい……嬢ちゃん! 俺がいまから一発バクチを打つからな、その間に何とかここを離れろ」
えっ、と我にかえったように表情を動かし少女がこちらを見た。よろしい。
彼女の背中をポンと叩いて、俺は姿勢を低くしてサクラギの機体へ走った。乗降用のハッチは空いたまま、中からは変わらずさっきの通信が聞こえる。
――サクラギ! 応答しろ、サクラギ!
「あー。『サクラギ』は死んだ……たぶん」
〈誰だ、お前は!? い、いや誰でもいい……! そこはどうなってる?〉
「俺は近くでたまたま瓦礫に埋まり損ねた……まあ、通行人だよ。この機体は今、横倒しで転がってて、敵――そう、あんたらの敵も全然油断してる」
自分の声がひどくざらついているのが分かる。
「近くで女の子が逃げ遅れててな、何とか助けたい。あんた、俺にこいつの武器の操作を簡単に説明できるか? あいにくと、トラックや建機しか動かしたことが無くてな」
〈ふざけ……いや、ちょっと待て。サクラギのメットは無事か?〉
どうやら、なんとか脈がありそうな気配だが。
「メットはサクラギ――推定サクラギが被ったままだが、血まみれだしバイザーは割れてた。かぶるのは気が進まん」
〈そうか……くそ、じゃあその
「ふむ。何だあんた、結構余裕か?」
〈まさか。ひでえ状況だが後で説明出来たらしてやるよ。で、操縦レバーが二本あるな? 右レバーのグリップに赤いボタンがある。そいつを握った状態だと、右レバーで銃を左右に三十度、上下に四十度振れる。それで狙いをつけて、人差し指のとこのトリガーを引け。引きっぱなしだと二秒で連射が停まるから、撃ち続ける時は一回軽く離せ〉
「だいたい分かった。やってみる」
襲撃者の機体は探し物を諦めたらしく、どすどすと脚部を動かして不細工な動きで向きを変えた。その頭部カメラがこちらを捉えた――そう感じた刹那。
「死ねやオラァアアアア!!」
怒号と共にトリガーを目いっぱい引き絞る。ダチョウ型の機体に装備された、銃身の口径だけはおそらく敵のガトリング機銃と同格な機関砲が、咳き込むように火を噴いた。
指でトリガーを切りながら撃ち続ける。普通ならこんなことをすれば反動で狙いも狂い機体はバランスを失うに違いないが――こっちは既に寝ているし、周囲は瓦礫でふさがれていてずれる余地がなかった。
「立ってるやつは膝を攻めりゃ倒れる! 学生のころ読んだ護身術の本に書いてあった!! 全兵装、全弾発射じゃあ!!」
言うても武装はこの車載銃だけなのだが――威力は申し分ない。
敵機体は、最初の何発かを装甲で弾いていたようだったが、執拗な銃撃でその抵抗は間もなく潰えた。
背部の推進器を吹かして空に逃れる暇もなくそいつは傾いで崩れ落ち、なおも続く銃撃でボロボロになって――最後にドン、と大きな爆炎を上げた。
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