第3話 救援者
「や、やった……」
戦闘を切り抜けた――その事実だけを握りしめ、俺は呆然と目の前のモニターと照準器を見つめていた。
画面中央やや奥に、力なくへたり込んで燃え続ける敵機体。爆発で吹き上げられた何かの破片や燃えカスが、黒い油煙を後に曳きながらこちらの機体の上に落ちてきて、散発的にくぐもった音を響かせる。
(さっきの女の子、逃げ延びてくれたかな……)
自分の事は不思議に頭からすっぽ抜けていた。だがこのコクピットからでは、彼女の所在も動向も判らない。
「……よし。俺もここから逃げよう」
〈ああ、それがいい〉
考えをうっかり口に出したら、思いがけず返事が返ってきてギョッとした。ああ、そういえばこの機体、僚機と通信がつながっているのだ――
〈敵はまだあと二機いる。全弾ぶっ放しちまったんだろう? 戦えなくなったら機体を捨てて逃げ――あ、いや、ちょっと待て!〉
「どうした?」
通信相手の意見が急に百八十度反転した。さすがにこれは理由を知りたい。
〈こちらの切り札が間に合った、あんたのおかげだ! その機体の付近で安全を確保して待っててくれ、それなりの礼をさせてもらうから!〉
「お、おう」
それなりの礼……?
少しだけ不穏な想像をしたが、首を振ってその考えを頭から閉め出した。
ハッチを目立たないように開けて周囲をうかがい、危険がないと判断して外に出る。最寄りの瓦礫の陰に再び潜り込んだ直後、頭上を轟音が通り過ぎた。
「何だ!?」
見上げた先にいたのは、先ほどの敵機体よりも手足が長くスマートな、いかにも軽快さを感じさせるフォルムをしたロボット。
肩アーマー後部と背面に並んだ大小のフィンが翼のように見え、鮮やかなピンク色の外装に走る幅広な黒のラインは秘めた暴力性を暗示する――それらドスの効いた外観が、一段格上の性能を直感させた。
すると、あれが「切り札」なのか?
――
住人の感情への影響を重視しているのか、通信機ではなく拡声器で呼びかけている。ひどく音割れしているが、それは若い女の声のように聞こえた。
そいつが街の上空を威圧するように旋回し、右腕部に把持したライフル様の火器を数回発射した。不利を悟ったのか、残り二機の敵は警戒しつつ街の外縁部へと後退し、安全な距離を確保すると推進器を吹かして上空へ飛び去った――
「助かった……」
どうにか終わったのだという安堵感。大きくため息をついて手近の瓦礫にもたれかかる。積み重なったコンクリート片がガラリ、と崩れる音に振り向くと、そこにはさっきの女の子が隠れ場所を出て無防備に立っている。
「お前、逃げてなかったのか……」
呆れて言葉を失うが、俺だってご同様なのだと気が付いた。生き延びるのは生き延びた、だがこの後どうすればいい――そんなことを考えて呆然としていると、「切り札」のピンクと黒のロボットが俺たちのところへ降りてきた。
――おぅおぅ、派手にやったもんだね! センチネルでランベルトを墜とすとは、まぐれにしても大したもんだ……そこの作業着のおっさん、これ、もしかしてあんたが?
先ほどより音量を絞った拡声器から、鉄火肌というような言葉を連想させる、ややハスキーな声が響く。俺は言葉の代わりにサムズアップした右手を大きく掲げてそれに応えた。
――トマツリに回収を頼まれたんだ。センチネルを起こしてやるから、なんとか自分で
「これにまた乗るのか? なんか漏電してバチバチ言ってるんだが」
――対処法は教える。とにかく乗りな。ああ、そっちのお嬢ちゃんも取りあえず一緒に乗ってもらって。
マジか、と女の子を振り返る。やりとりは理解できたようでコクリとうなずいたが、長いこと体を洗っていないのか、コクピットに入れてハッチを閉めると少々匂いがキツかった。
「あの……ごめんなさい」
しかめた顔を見られたのか、消え入りそうな声で謝って来る。
「気にすんな……俺だってニンニク臭いはずだ」
「うん。おじさん、凄い変な匂いする」
二人して苦笑いの顔を突き合わせていると、女からの通信が入った。
――コクピットの左壁面ちょい上、スイッチとランプの並んだパネル、あるだろ? それデスビ――
「なるほど。具体的だ」
指示通りに操作すると果たして漏電が停まったらしく、モニターにいくつか出ていた赤いバックグラウンド付きの警告メッセージがスッと消えた。
ダチョウ型――センチネルに女の機体が手をかけたらしく、ぐっと持ち上がる感じがした。
続いて軽いショックと共に、横向きにせざるを得なかった俺の体が重力の方向にマッチした形で落ち着いた。
* * *
損傷したセンチネルをだましだまし操って、女の指示通りに半ば瓦礫と廃材で埋まった街路を進む。やがていくらか様子がましな一帯に差し掛かると、急に目の前が開けて、そこに二機のセンチネルが駐機しているのがわかった。
どうやら駐機場らしいそこには、レッカー車めいた回収車輛にクレーンで吊り下げられた、四角い装甲車の前半分があり、その前には死んだ「サクラギ」と同じ制服を着こんだ男がくたびれた様子でたたずんでいた。
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