退廃の未来に飛ばされたおっさんは、量産型廉価ロボを駆ってしぶとく生きる

冴吹稔

episode1:ここは現実――止しといて欲しかった

第1話 風が吹くとき――桶屋も滅亡する!

 やっぱり、ラーメンは豚骨に限る――

 

 日本の元号が変って何回目だかの秋の終わり。

 俺は陸送に使ったトレーラーを営業所の車庫に戻したその足で、近くのスーパーに入ったテナントのラーメン店に駆け込み、熊本風豚骨ラーメンと鉄板ギョーザのセットメニューを注文。まさにたった今現物にご対面したところだった。

 

 白くトロリと濁ってところどころに黒いマー油の浮いた、強烈なニンニクの香りを放つスープ。つるりとゆで上がって光沢のある、中太のストレートな麺はそのスープをしつこくない絶妙なバランスでまとわせ、心地よいのど越しと共に食道を滑り落ちていく。

 

 そして極めつけは時間をかけて煮込んだ豚バラ肉の角煮。甘味すら感じる芳醇な脂の舌触りが堪らない。ギョーザは片栗粉ベースの溶き粉でパリパリの羽をつけてあり、惜しみなく詰め込まれたひき肉の餡が、細かく刻んだニラとお互いの味を引き立て合っている素晴らしさ。

 

「へへ……明日は休みだしな……人に会う予定もないし、匂いなんか気にしねえぞ!」


 ほぼ理想的に再現された、故郷九州の味。五十代を間近に控えてなお家庭もなく、友人と言えるほどの知り合いもいない俺にとっての、人生の楽しみの殆どを占める、週に一度のラーメン餃子セット。

 ささやかな幸せを噛みしめつつ半分ほど平らげた、その時だった。

 

 

 店内に設置された有線放送のスピーカーから、紐なしでのバンジージャンプを連想させるような、不快に音程が降下するサイレン音――

 

「げ。Jアラート……!?」


 ――ミサイル発射情報。ミサイル発射情報。当地域に着弾する可能性がありま……

 

 その瞬間、アナウンスを途中でぶった切って衝撃と閃光が俺の全感覚を塗りつぶした。

 

 

        * * *

 

 

 気が付くと、俺は崩れた建物の瓦礫の間で奇跡的につぶされないまま床に突っ伏していた。


 身をよじって体を起こす。辺りは薄暗く、何かひどく奇妙な、なじみのない悪臭を持つ煙がうっすらと漂っている。しいて言えばタイヤか何かを燃やした時に似た、ひどい刺激臭だ。

 

「畜生……なんてことしやがるんだあのクソ」

 

 近隣の軍事独裁国家がトチ狂ってぶっ放したミサイルが、ついに日本の日常を破壊した。ごく自然にそう思った。

 

 だが、何かがおかしい。外傷は特にないし、爆風で飛ばされたのだとしてもそう大した距離ではない筈――だが、そこにはラーメン処「目高屋」チェーン店の内装を思わせるものはなく、床には見覚えのないロゴの入った薄汚れた紙片や、炭酸系の飲料らしきもののつぶれた缶が転がっていた。

 

「どこだ、ここ……それに、今まで食ってた豚骨ラーメンは!?」


 俺は自分の手元と、周囲の地面を見廻して思わずそんな叫びをあげた。直後、フッと場違いな笑いが漏れる――本来なら、消えるべきは読んでたはずのエロ漫画だ。

 

 だが、そんな根拠のない余裕は次の瞬間に消し飛んだ。瓦礫の隙間から見上げた三角形の空を、ろくでもないものが横切ったように見えたからだ。

 不自然なまでに明るく発光する青い炎を後に曳いて飛ぶ、黒く巨大な人型のシルエット。そのうちの一つが俺の潜む瓦礫の山のすぐそばに降り立ち、腹にズシリと響く衝撃音を響かせた。

 

「嘘……だろ?」


 いやバカな。こんなことが現実であるはずがない。

 

 ――俺は「猿渡幹夫さるわたり・みきお」。

 首都圏に幾ばくかの拠点を有する、中堅どころの建機リース会社で営業と重機の陸送を二足わらじでこなす、大型特殊&けん引免許持ちの四十八歳。


 こんな状況に放り込まれる可能性もいわれも、小指の爪程だってあり得ないと思っていた。

 それがいつのまにか炎と煙に包まれた瓦礫の街に座り込み、空をドヒャアドヒャアと飛び回る、口径50㎜はありそうなガトリング機銃を構えた全高十メートルちょいの人型巨大ロボットを見上げている――


 そんなことがあるわけは、ない。

 

 二足歩行ロボットは、兵器として採用するにはあまりにも非効率的で技術的にも未完成といわれている。

 本気で開発に取り組む企業はないこともないが、事業としては端緒に就くよりずっと手前。巨大ロボットの飛び交う戦場など夢のまた夢。

 

 だが、目の前の現実はこのありさまだ。


(ちくしょう、俺のラーメン……)


 俺は世の中の全てを呪いたい気分で、低くうめいた。

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