寝付けぬ夜の舌と歯とキス

狐照

寝付けぬ夜の舌と歯とキス

ガチン!!!


「!!!!ィッテェ!」


最近やけに寝つきが悪い。

原因は分かってない。

運動不足、かも。

明日は少しハードに行こう。

そんな考えを巡らせた所為で寝苦しくなった夜。

うつらうつら、しはじめて、ようやく寝たってタイミング。

固いものがぶつかる音と舌先に走る痛みで目が覚めた。

めっちゃイッテェ。

歯もイッテェ。

あーこれは、歯で舌先噛んだってか?

なんでだよ。

いみわかんねぇ。

かんがえが、まとまらねぇ…。


痛む舌先よりも眠気を逃したくなくて集中する。

明日は早いのだ。

いやもう今日なんだが寝ないともたねぇから寝ないといけねぇ。

ハードにする予定だし、寝ないと。


「…クソ…」


骨伝導した音の所為で目が醒めてしまった。

現在時刻を確認したらますます眠れなくなる。

寝返りを、うったところで逃げた眠気は戻ってこない。


長く息を吐く。

薄暗がり、左手ですぐそばに寄り添っている人に触れる。

治療師なのになんでこんなに筋肉ついてんのか謎だが、やわらかな胸筋を少し堪能。

奇妙な安心感を得てから「なぁ、おい、ちょい、起きろ」肩を揺すった。


「…ん…な…に…」


「起こしてゴメン。舌怪我して痛くて寝れそうになくってよ、治してくんね?」


半分嘘だ。

痛いのは平気。

でも眠れそうにない。

だからちょっと構って欲しい。

出来れば抱き締めて欲しい。

そしたら寝れる、俺はそういう奴なんだ。

疲れているのを知っているので、本当は起こしたくない。

だから今までは寝付けなくても我慢していた。

でも怪我をしたので、口実が、な?

うん、ホントゴメンな?


ぼんやり開いた眼、瞳の色は水色。

それに対して顔を近付け舌を見せる。

さり気なく胸元に身を寄せる、このままくっついて寝るのもアリだな。


「した…けが…んー…ちゅ…」


ぱぱっと魔法をかけてくれると思った。

ぱぱっと魔法でどんな傷も治せる能力を持っているからだ。

傷の状態によって魔力の消費量が変わるそうだが、時間自体は軽傷だろうと重傷だろうと死んでなければ同じだ、って言っていた。

しかも視線だけで行使出来るから、規格外治療師と呼ばれている。


なのにキスされた。

しかも舌が入ってきた。

いや入りますと言われれば拒むモンじゃねぇから受け入れたけど唇ちゅうちゅう吸うなよ気持ち良い。


しばらくキスが続いて、名残越しそうに軽く啄んでから唇が離れてった。

ついでに念願の抱き枕扱いで、至れり尽せりで眠り直せそうって思ったのに舌がイテェ。


「おい、魔法は?治療師、魔法、まほー…」


治療師は眠っている。

深い寝息をたてている。

とても安らかな顔で寝ている。

俺を抱き締めて幸せそう。

こんなん起こせるかよ。

ちくしょう。

あしたもんくいってやっからなちりょーし…。

やわらかいひとはだのぬくもりは、いいなぁ…。


そのままぐっすり眠った俺は、翌日すっかり身支度を整えた凄腕治療師に食って掛かった。


「おいこらぁちりょーしぃ!昨晩は世話になったなぁ!」


起き抜けで元気一杯な俺に冷たい眼差しを向けて来るが、んべっと未治療の舌を見せつける。


「これをみろぉ治療師ぃ!」


「なんで舌を怪我しているんだ」


「…」


寝ぼけて噛んだなんて言えない。

ので棚に上げる。


「おい治療師、昨日の夜ぅ治せって言ったのにキスしかしなかったのはどーゆーりょーけんだこらぁ」


「…」


怪訝な顔をされるが、治療されなかった事実は事実。

後、寝ぼけても酔っても記憶はしっかりタイプなので覚えてないとは言わせない。


「…」


「…」


サっと視線が逃げる。

ああん?と顔ごと追いかける。

ついでに膝の上に座っちゃお。

もうすぐ出勤するからちょいスキンシップ補充充電。

軽く抱き締める。

ジっと見つめる。

は?イケメンだなぁこらぁ。


「夢だと、思ったんだ」


「…あ?夢?」


視線を逃がしたまま凄腕治療師が観念した。


「キミに毎夜キスする、夢だ…」


凄腕治療師はクールでドライだ。

水色の瞳は人によっては冷たく感じるそうだ。

銀髪に怜悧な造作に眼鏡が憎たらしいほど似合うイケメン。

近寄り難いし、実際気難しいので仲良くなるのは難しいだろう。


だけど今なんつった。


俺に毎夜キスする夢だ?


そんな甘い夢毎夜見てんの?


それと昨晩の出来事ごっちゃ寝ぼけたってか?


は?可愛いか?


好きなんだが?


大好きすぎてハッスルしてきたんだが?


そんな俺の気持ちが顔に出てたらしく、普段は色白な顔が真っ赤になってった。


可愛いか!

可愛いな!


「おま、俺のこと好きすぎぃ」


「五月蠅いもう出勤する」


「おふ!筋肉隆々治療師めっ」


力任せに立ち上がり治療師は逃亡を図った。

俺は急いで玄関で逃げる腕を掴んだ。

白状しなくても良かったのに、馬鹿正直な奴。


「寝ぼけてなんでか舌噛んだ馬鹿でドジ哀れなハンターの治療をお願いします」


棚に上げた事実を下ろして披露する。

そしたら渋々振り返ってくれた。


「…舌、見せて」


「ん」


優しく指示され素直に舌を見せる。

じっと患部を見た水色がゆっくり移動して目を合わせてくれる。

心の底から優しいひとが、優しいキスをしてくれた。

触れるだけの、すぐ離れるやつ。

もう一度。

何度でもして欲しい。

強請る様に唇を突き出しても、時間切れだとばかりに頭を撫でられた。

くっ、出勤時間かっ。

俺も出勤しねぇとっ。

でもまだちょっと離れたくないので軽くハグする。

優しく背中を叩かれる。

見た時なのかキスした時なのか、舌の傷は治ってた痛くないすげぇ。


「…俺さ、最近寝付き悪いんだ」


「そうなのか」


「だから、寝てるトコ起こして甘えてもいいか?」


返答は、キスだった。

さっきよりちょっとだけ強く深い。

もっとしてくれと吸い付く俺をやんわり引き剥がし、


「毎晩、好きなだけ、甘えたらいい」


低い声でそう囁き、するりと家から出て行った。

俺は、残された色んなアレコレに煮詰められ、


「は?今日ドラゴンにも勝てる」


そんなフラグを立ててしまったのだった。










本当に勝ってしまってめっちゃ心配されるのを、この時の俺はまだ知らない…。

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