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 駅に行った。自動改札。Suicaで入る。ピッ。

 二つ先の駅。普段降りない駅。駅前には、商業ビルがあって、喫茶店やパン屋さんがあった。銭湯はなかった。予想通りだった。

 駅にある交番に聞いた。警官が、私のメイクを見て一瞬ぎょっとしたが、気にしない。話を聞くと、銭湯があったのは、もう30年も前らしい。

 まだ、名前も聞いていなかった。

 褐色の肌の、ショートカットの、大好きな先生がいるヤマンバ。

 きっとあれは、私とは違う時代の、女の子。

「チョベリバ」


 家に帰り着いたのは、日付が変わる頃になっていた。

 怒られるかと思ったら、私の顔を見た母に、たいそう笑われた。

「ガングロコギャルのヤマンバメイクかよ!」

 ヒーヒー言いながら、指さして笑ってくる。

「なんか、浴衣と似合ってる。着ていってよかったろ?」

 ひとしきり笑い終わったっぽいので、ごはんは? と聞くと、

「連絡なしに遅くなったんだから、ごはんいらないと思って、片付けちゃったよ」

 と、言われた。が、そう言いつつ、ちゃんと私の分を残してあった。

 から揚げと、ハンバーグ。母の作るハンバーグは、美味しい。から揚げも。


 翌日の夜。

 食後に、母にせがんで、アルバムを出してもらった。

 いま私たちが住んでいるこの家は、母の実家を、そのまま受け継いだモノだ。

 家の中には、何十年も前のモノもたくさん保管されている。

 川沿いの神社にまつわる文献なんてのもあった。神社の中に、時代や時間を歪めてしまうゲートみたいなものがあるとかないとか。元々神域である神社の境内で、強い思いを持つと、時を越える神様が願いを叶えてくれるとか何とか。

 文献自体が最近作られたSFぽくて嘘くさいので、眉唾だ。

 お目当てのアルバム。

 30年前、母が女子学生だった頃の写真。どうしても、見たかった。

 ものすごく嫌がってたけど。パラパラめくる。中学の陸上競技で、県大会で入賞した写真は、ひときわ輝いていた。

 日に焼けた、健康的なスポーツ女子高生。

 黒いショートカットの髪の毛はさらさらで、化粧気のないきめ細かい褐色の肌は、ただただうらやましくて、すらりと伸びた手足。眼が大きく、口が大きい。背は低い。

 一つだけ質問した。

「……ねえ、好きな先生いた?」

「そりゃいるでしょ」

「そういうことじゃなくて。本気で。恋愛対象として」

「何言ってんの、この子は」

 食事の片付けも終わり、母は、超高い化粧品を使って、念入りに、お肌の手入れをしていた。今日も一日、仕事で疲れたらしい。パックを付けてて、顔面真っ白のさながらバケモノ。美白の意識が高い。

「ものすごく、憧れてる人はいた。物知りで、何でも知ってて、ああ、こういう人になりたいなって思わせてくれた人。全然、なれないけどね」

「告白とかしたの? 好きだったんでしょ?」

「うーん、好きって言うか、定年間近の、おばあちゃんの先生だよ」

 は!?

「おばあちゃん!?」

「いいでしょ、別に。すらりと背筋が伸びて、たたずまいが静かで、なんて言うか、高貴な雰囲気があって……」

 そう言いながら、不服そうに、眉間にしわを寄せる。

「年齢も性別も、人を好きになるのに関係ないでしょ」

 照れながらそういう母。お肌のシミ対策に余念がない。

「いいから、早く宿題しなさい! まだレポート終わってないでしょ!」

 横顔が、少しふっくらしたかな。大きな目と大きな口。

「このメイク、この頃の流行だったんでしょ?」

 写真の数はとても少ないけど。

「その辺りの時代、見んな!」

 本人的には、黒歴史らしい。まさに黒い。

「ガングロ、似合ってるじゃん」

 にやにや。

「あんたの下手くそヤマンバメイクも、似合ってたよ〜」

 そのメイクしてくれたの、誰だっけ?

 チョベリバ〜。

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