7
駅に行った。自動改札。Suicaで入る。ピッ。
二つ先の駅。普段降りない駅。駅前には、商業ビルがあって、喫茶店やパン屋さんがあった。銭湯はなかった。予想通りだった。
駅にある交番に聞いた。警官が、私のメイクを見て一瞬ぎょっとしたが、気にしない。話を聞くと、銭湯があったのは、もう30年も前らしい。
まだ、名前も聞いていなかった。
褐色の肌の、ショートカットの、大好きな先生がいるヤマンバ。
きっとあれは、私とは違う時代の、女の子。
「チョベリバ」
家に帰り着いたのは、日付が変わる頃になっていた。
怒られるかと思ったら、私の顔を見た母に、たいそう笑われた。
「ガングロコギャルのヤマンバメイクかよ!」
ヒーヒー言いながら、指さして笑ってくる。
「なんか、浴衣と似合ってる。着ていってよかったろ?」
ひとしきり笑い終わったっぽいので、ごはんは? と聞くと、
「連絡なしに遅くなったんだから、ごはんいらないと思って、片付けちゃったよ」
と、言われた。が、そう言いつつ、ちゃんと私の分を残してあった。
から揚げと、ハンバーグ。母の作るハンバーグは、美味しい。から揚げも。
翌日の夜。
食後に、母にせがんで、アルバムを出してもらった。
いま私たちが住んでいるこの家は、母の実家を、そのまま受け継いだモノだ。
家の中には、何十年も前のモノもたくさん保管されている。
川沿いの神社にまつわる文献なんてのもあった。神社の中に、時代や時間を歪めてしまうゲートみたいなものがあるとかないとか。元々神域である神社の境内で、強い思いを持つと、時を越える神様が願いを叶えてくれるとか何とか。
文献自体が最近作られたSFぽくて嘘くさいので、眉唾だ。
お目当てのアルバム。
30年前、母が女子学生だった頃の写真。どうしても、見たかった。
ものすごく嫌がってたけど。パラパラめくる。中学の陸上競技で、県大会で入賞した写真は、ひときわ輝いていた。
日に焼けた、健康的なスポーツ女子高生。
黒いショートカットの髪の毛はさらさらで、化粧気のないきめ細かい褐色の肌は、ただただうらやましくて、すらりと伸びた手足。眼が大きく、口が大きい。背は低い。
一つだけ質問した。
「……ねえ、好きな先生いた?」
「そりゃいるでしょ」
「そういうことじゃなくて。本気で。恋愛対象として」
「何言ってんの、この子は」
食事の片付けも終わり、母は、超高い化粧品を使って、念入りに、お肌の手入れをしていた。今日も一日、仕事で疲れたらしい。パックを付けてて、顔面真っ白のさながらバケモノ。美白の意識が高い。
「ものすごく、憧れてる人はいた。物知りで、何でも知ってて、ああ、こういう人になりたいなって思わせてくれた人。全然、なれないけどね」
「告白とかしたの? 好きだったんでしょ?」
「うーん、好きって言うか、定年間近の、おばあちゃんの先生だよ」
は!?
「おばあちゃん!?」
「いいでしょ、別に。すらりと背筋が伸びて、たたずまいが静かで、なんて言うか、高貴な雰囲気があって……」
そう言いながら、不服そうに、眉間にしわを寄せる。
「年齢も性別も、人を好きになるのに関係ないでしょ」
照れながらそういう母。お肌のシミ対策に余念がない。
「いいから、早く宿題しなさい! まだレポート終わってないでしょ!」
横顔が、少しふっくらしたかな。大きな目と大きな口。
「このメイク、この頃の流行だったんでしょ?」
写真の数はとても少ないけど。
「その辺りの時代、見んな!」
本人的には、黒歴史らしい。まさに黒い。
「ガングロ、似合ってるじゃん」
にやにや。
「あんたの下手くそヤマンバメイクも、似合ってたよ〜」
そのメイクしてくれたの、誰だっけ?
チョベリバ〜。
homework:fireworks くまべっち @kumabetti
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