6
「おばちゃん、どう?」
風呂から上がり、バスタオルで身体を拭く。拭いても拭いても汗が出る。
大きな扇風機の最大風速の風にあたり、身体を拭いて、髪を乾かす。
とりあえず、身体はタオルをまいたまま。
銭湯のおばちゃんが、
「超オッケーよ!」
ヤマンバの制服のYシャツとスカート、私の浴衣、そしてそれぞれの下着まで、全部、ハンガーに掛かって、扇風機の風にさらされて、キレイに乾いていた。
「さっすが、おばちゃん、チョベリグ!」
「チョベリグ!」
おばちゃんもノリノリで返す。
浴衣は、ちゃんと手もみ洗いをしてから、乾かしてくれたらしい。
「簡単には洗ったけど、ちゃんとクリーニングとか、出した方がいいよ」
そう言ってくれたけど、何も問題はなさそうだった。
「あ。お金」
銭湯代に、浴衣まで洗ってもらって。でも、 払おうとしたが、ふたりして拒否された。
「いつものことだし」
いつも、お風呂代だけ払って、服は洗ってくれてるらしい。なんて太っ腹な銭湯だ。
「すみません」
そういうと、彼女とおばちゃん、ふたりして渋い顔になった。
「え、何?」
『チョベリバ〜』
ヤマンバとおばちゃんが、ハモって言った。
「違うっしょ」
なにが?
「人に何かしてもらったら、すみませんじゃなくて、ありがとうでしょ」
そうだ。
情けない。そんな当たり前のことが、すっかり頭の中から消えていた。
ずっと、人と関わらず、人を避けて生きてきたから。ありがとうなんて感謝より、自分みたいな人間が、申し訳ない気持ちになるだけで、心が歪んでしまってたから。
「……ありがとう」
おばちゃん、にかっと笑って、
「チョベリグ〜!」
浴衣の着付けは、手伝ってもらった。あと、メイクも。
ふああ。
銭湯を出た。
花火はまだやってる。けど、もうそろそろ終わりそうな時間だ。
「もう一回、観に行く?」
言うが早いか、彼女は、グッと私の手を握った。駅は目の前だ。
今の彼女は、バケモノでもなければ、ガングロでもない。
ただ日に焼けた、健康的なスポーツ女子高生。
白い髪の毛はさらさらで、化粧気のないきめ細かい褐色の肌は、ただただうらやましくて、すらりと伸びた手足と、厚底のおかげで私よりも背が高くなってる彼女。
その手を握り返した。ぎゅっと。誰にも渡したくないと意志を込めて。
電車に乗り、2駅進み、改札を抜け、最初に出逢った神社に着いた。
花火は、もう終盤。残りの花火が、これでもかと怒濤のように打ち上がる。
ドドパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパ!
昏い夜空が、真っ黒なキャンバスが、赤、青、黄、紫、橙、ピンク、世界に存在すると考えられるあらゆる色彩で、埋め尽くされる。明るい。
人気のない神社から、手を繋いで、花火を見る。空には、煙が充満している。
この場所にも、これから先にも、2人しかいない世界のように思えた。
「キレイ」
ぽつりとつぶやいた。訂正された。
『チョベリグ〜!』
ひゅーるるるるるるるるるるるる……
どどどどーん。
ぱらぱらぱらぱらぱらぱらぱらぱら。
『た〜まや〜!!!!』
力の限り、大きな声で叫んだ。たったの一代でなくなりながら、その親とも言うべき師匠と共に、1659年から今まで、360年も残っている名前。玉屋さん。鍵屋さん。なんてステキな関係なんだろう。
『か〜ぎや〜!!!!』
すーっと、夜空から、音が消えていく。その後に続く、わっという拍手と大歓声。
川沿いには、本当にたくさんの人がいた。
私の視界を、彼女の顔が埋めた。目の前に。至近距離に。
大きな眼が、こっちを見てる。キレイな黒瞳。ドキドキする。
大きな口が、にかっと笑う。ほんのり赤みが差している。
「超かわいい。チョベリグ〜!」
心臓が高鳴る。耳に入る音が消えた。静寂。
汗かいてる。やだ。お風呂入ったのに。汗、臭くないかな。
私は、私は……。
「海かプール。約束だよ」
その言葉を最後に、握っていた手の感触が消えた。
彼女は、ふっといなくなった。
「ぎゃあああああああ!」
悲鳴を上げたのは、私じゃない。私を池に突き飛ばした、いじめっ子だった。
「ば、バケモノ!?」
失礼な。これは、ガングロギャルのヤマンバメイク!
私の顔は、真っ黒に塗られ、眼の周りは白く、唇も真っ白だった。てっきり白い口紅があると思っていたら、違った。コンシーラーを、口紅代わりに使うことで、白く塗ってたらしい。ふええ。いろいろ考えられてる。
銭湯を出るとき、ヤマンバにやってもらった。おばちゃんは、笑い転げてた。
今まで、スキンケアは徹底的に日焼けを避けて、美白が最上だと思ってたけど、いつもと変わらないことをするのも、気分が変わって楽しい。
バケモノでけっこう。今の私は、私であって私じゃない。少なくとも、池に突き飛ばされてた私じゃない。
なにより、いじめっ子が驚いてるのが、痛快だった。
「何それ、メイク?」「なんで、浴衣乾いてんの?」「なんなの!?」
なんだ。このクラスメイト、やっぱり普通に可愛いじゃん。矢継ぎ早に、いろいろ質問してくる。
「だいたいあんた! どこ行ってたの!?」
ようやく慣れたのか、私の方につかつかと寄ってきて、そう怒鳴った。
息を切らして、半泣き状態になってる。
彼女の話を要約すると、花火大会が始まる前に、確かに彼女は、私を突き飛ばして、池に落とした。
落としたはいいが、その瞬間、私がいなくなってしまい、池の中で溺れてるんじゃないか、だとしたら、死んでしまうんじゃないかと、不安になった。イタズラレベルならともかく、人殺しになるのは怖いわけだ。
怖くなったはいいが、人を呼べば、自分が突き落としたこともバレてしまう。
一瞬、放っておこうかと思って、クラスのみんなと合流もしたけど、花火なんかと見てもとても見ていられない。段々怖くなってきて、花火大会の間、ずっと、1人で神社の中を、私を探していたらしい。
花火が終わって、気づいたら、私が暢気に立ってたもんだから、パニック状態に陥ったという。
それらを、泣きじゃくりながら、ものすごくこっちを責めながら言うのが、如何にもこの子らしい。
私は、とりあえずまず、巾着袋を返してもらった。彼女は、自分で神社の周りの木々の中に放り投げた巾着袋を、とにもかくにも探し出していた。
お金も、スマホも、ちゃんと入ってた。ほっ。
「5000円」
「わかったよ」
ちゃんと返してもらった。
いつの間にかいなくなった彼女にお金、払わないと。銭湯のおばちゃんにも、お礼を。
もう一度会いたい。
その場を後にした。背後で声がする。
「あの……ごめん!」
「チョベリバ〜!」
謝ったからって許しはしないけど、いじめっ子の彼女なんて、どうでもいい。相手にしなければいい。相手にしてきても、もう怖くない。
こっちはヤマンバだぞ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます