魔王と呼ばれる元聖女の祝福はラッキースケベ（旧題：婚約破棄と処刑コンボを越えた先は魔王でした）

第16話 ラッキースケベ→追いかけっこ（今ここ

「イリニ」

「エフィ、カロ。丁度よかった。シコフォーナクセーから来たこの信書なんだけ、どお！」

　滑った。

　そのまま前に倒れるのに、つい反射で掴んでしまう。

　なにって勿論、目の前のエフィのシャツだ。

「！」

「ひえ」

　びりびり音を立ててエフィのシャツが引き裂かれた。ちょっとそのシャツ、ヤワすぎじゃないの。

「ブッハ！」

　被害を免れたカロが吹く。

　くそう、他人事か。こっちは気まずい。

「うけるわー、これもラッキースケベ？」

「……ごめん」

「大丈夫だ」

　眉間に皺を寄せて赤面しつつも破れた服を整えようとする。けど、びりびりすぎて意味をなさない。

　隙間から見える身体がなかなか締まっていて細身のくせに騎士なんだなあと思ってしまった。

　うん、はしたないか。でももうこのぐらい吹っ切れないとやっていけないよ？

「俺も脱いでおいた方がいい？」

「はい？」

「カロ！」

　ボタンに手をかけたところでエフィが止めた。

　ノリよくやられても困る。むしろ私のしてることは不敬だ。一国の王子にやってるこれ、即首飛ぶやつよね。いやもう最初に城に来た時の俺つえええモードで雷ぶつけたのから不敬だったかな。

　あれで帰ってくれると思ってたのに、どうして真逆できてるの？　テンプレ的には帰るでしょ。

「！」

　居住まいを正していたエフィが気づく。

「あ」

　私もそこで気づいた。

「ラッキースケベか」

「この信書、サインしたからよろしく！　じゃ！」

　素早く走り去る。

　エフィのことだ、ハグする気だったな。

　あれからラッキースケベが起きる度にやる気満々で抱きしめてくるから恥ずかしい思いばかりしていた。あまりに数が多いから申し訳なくなって、最近は逃げ回っている。まあ動けば動くだけ被害が拡大するから、アステリあたりには怒られる弊害が付随された。散々じゃん。

「フェンリルいる？」

　城の外に出た。軽く呼べばすぐに応えてくれる。

「どうした、と、お」

　もれなく魔物にもラッキースケベが適用され、目に見えない速さで城の天辺から降りてきたフェンリルが着地の際滑って転んだ。

　お腹まる見え。

　さっきのエフィと同じようなものね。女性ならスカートの中見えちゃった古典的王道ギャグ漫画のパターンだ。

「ふむ。ラッキースケベか」

「うん、触らせて」

「構わんが、いいのか？」

「いいの」

　あの若者がと言いかけたのを抱き着いて黙らせた。ああ、あったかい癒される。もふもふ要員もテンプレだよね。

「人型になるか？」

「このままでいい」

　魔力のある魔物、フェンリルとかドラゴンは人型に姿を変えられる。どちらでも癒されるから、人型にハグされるのもありだ。

　どうせなら女性になってもらって、パフパフされるのもやぶさかじゃない。フェンリルは女性になると胸が大きいし、すごく柔らかいし。ちなみにフェンリル、性別は両方あるので人型になる時は要望によって男性女性選べたりする。

「最近多いんだよね」

「ラッキースケベか？」

「そう。ホームシックが終わらない」

　たぶん人間が、エフィとカロが増えたからだ。

　最初、アステリとここに来た時は魔物が次から次へと現れて、仲良く一緒に住むようになって嬉しかった。だからたまにラッキースケベが起きても多少はあるよねーな空気だった。

　今までの雁字搦めの多忙さから一転、考える余裕があるぐらい自由に過ごしているから、つい頭の隅を感傷が通り過ぎる。気づいて淋しい思いを打ち消しても拾い上げてラッキースケベモードになってしまう。やたら強力な祝福なんだから困ったものだ。

「ホームシック？」

「人間関係に困っているだけ」

　エフィとカロはアステリの友達だ。

　友達が羨ましいから始まった。

　友達を筆頭に、人間の仲間が欲しいと思ってる。今まで散々他人を遠ざけてきた。家族から愛されてはいたけど、元婚約者筆頭に家族以外から愛されもしなかった私が誰かに好かれる瞬間を欲しがってしまう時がある。

「あの若者では役不足か」

「見たの？」

「イリニの気持ちを感じただけだ」

　話ができる魔物はそれだけ魔力を持っている。つまりフェンリルはアステリと同じぐらい見ることができた。

「……エフィもカロもアステリの友達だし」

「アステリの友人だから、イリニの友人になれないわけではない」

「そうなんだけど」

「それに、あの王子はイリニのことが」

「フェンリル」

　低い声が届いた。

　こんなに早く追いつくもの？

「エフィ」

「え、フェンリル、いつ仲良くなったの？」

　いつの間にかフェンリルが彼を愛称で呼ぶようになってた。なんでよ。

「愛称のことなら、イリニのハグ係すると言いに来た時にだったか」

　この人、わざわざ自称ハグ係のことを周囲に言い触らしてるの。さすがに引く。

　というか、そんなに女性に飢えてるようには見えない。王子ならなにしなくても女性が寄って来るものでしょ。騎士として戦場にいても専属の娼婦一団が付き添うはずだから、そういうのも苦労しないし。

　あ、むしろ逆？　女性慣れしすぎてハグなんて挨拶でーすなアメリカンスタイルなの？

「イリニ」

　もふもふを堪能する私を見下ろすエフィの眉間の皺がすごかった。

　そこまでハグ係にこだわるの。