第15話 帰路、ラッキースケベに遭う

「何をする?」

「血抜き。血とかすごいから見ない方がいいかも」


 映像でも見せませんよ! なんてね。

 それでもエフィは興味津々な瞳で私の捌きを見ていた。ついてきたり、またぎ姿を受け入れたり不思議な人ね。


「イリニは魔物の味方だと思っていた」

「え?」


 捌きを見つめながらぽつりと呟く。


「多くの魔物を城に住まわせていたから」

「ん?」


 どうやら狩りをして魔物の命を奪うのが意外だったらしい。


「まあ行き場のない魔物だとか匿ったり、強い魔物に好かれて城に居つかれたりしてるけど、食べる食べないは別の話だよ」

「別?」


 城の魔物たちは怒らないのかと問われる。


「何もないよ? 魔物同士でも食べる食べられるがあるんだから。むしろこれ見たら今日はご馳走だって喜ぶ」

「そうか」

「命奪ってるから端から端まできちんと頂くけどね?」

「そうか」


 それが頂く側の最低限の礼儀としている。


「あと二匹狩るよ」

「分かった」


 狩った鹿を抱えて走る。

 匂いがついてしまってるから手早く済ませ、目標の数に到達したら真っ直ぐ帰宅だ。


「ふう」


 樹海を抜けると標高はだいぶ高い。

 城の玄関側からなら、エフィの国シコフォーナクセーと私の国パノキカトがよく見えた。


「……」


 自国には私が施していた聖女の結界魔法はない。魔力のある者ならすぐに分かるから、周辺各国や海を越えた国にも時間をかけずに知られるだろう。

 無防備な姿を晒す自国パノキカトは既に一部で異変を呈していた。

 まだ不作程度で済んでいる、その内、疫病、内紛といったネガティブなことが、これからパノキカトを襲うだろう。

 ピラズモス男爵令嬢の力で結界がしけるまでどれぐらいかかるか……ゲームでは精霊王からチートなスキルをゲットできるかがトゥルーエンドの要だったはずだ。

 ま、今の私には関係ないけどね。


「いいのか?」

「え?」

 

 立ち止まって眺めていたら、エフィが声をかけてきた。

 気のなるのだろうと、私が向けていた視線と同じ方向を向く。


「パノキカトの守護を離れても構わないのか?」

「うん」


 私はパノキカトの聖女ではない。


「新しい聖女がどうにかするしね」

「……」

「国が落ち着くまで少し大変かもしれないけど」


 こちらを見下ろして、そうかと短く応える。


「私は婚約破棄も受理されて自由だし。今の方が断然いいよ」

「御家族は」

「個人所有の島に避難してる。私の件が落ち着くまで」

「友人は」

「いないわよ」


 もう知ってるでしょ。

 そう言うと眉間に皺を寄せた。


「好きな、異性は……」


 元婚約者には未練もないし気持ちの欠片もない。他に好きな異性もいない。

 今は恋愛や結婚よりも、早く聖女の力を精霊王に返すことに重きを置いているから、それ以外は論外だ。


「元婚約者ならなんとも思ってないし、他に特別好きな人はいないよ」

「……そうか」

「もしかして、まだシコフォーナクセーで保護するの諦めてない?」

「それは、」


 言い淀むエフィの意図がいまいち分からない。

 国としては聖女を保護し手元に置きたいはずだ。彼の思いが違っても、王子である以上優先順位は理解して強引に連れて行くのではと思っていたけど静かに私の後を付いてくるだけ。

 あまつさえ女子トーク御用達の恋バナを振ってくる。


「好きな異性ねえ」

「あ、いや違っ俺は、いや違くないのか」

「あーはいはい」


 一人問答してるわ、うける。

 けど本当早く帰らないかな。

 エフィ距離近いし、一人になって落ち着きたい。

 でも今思えば遅かった。

 エフィがラッキースケベのハグ係になった時点で、私の周囲が騒がしくなるのは決定項だったから。

 私はそれをこの後嫌という程思い知らされることになる。


「ん? 雨?」


 山の天気は変わりやすいけど、ここに来てから雨はなかった。珍しいこともあるものね。


「急ごう」

「うん」


 ポツポツがすぐに本降りになった。

 私はまたぎの格好だから、多少なりとも雨は防げているけど、エフィはダイレクトに雨をくらう。


「おー、おかえり」

「ただいま。はい、これ」

「お、いいねえ上物じゃん」


 迎えてくれたアステリが嬉しそうに鹿をもらう。

 そして私の後ろのエフィを見た。


「雨か?」

「うん、急に降ってきて」

「あー、こっちは降ってなかったな……ということは、ははーん」

「アステリ?」

「ラッキースケベか」

「え?」


 アステリの視線を追って振り向くと、エフィはびっしょり濡れていて、そのせいで服が肌に張り付いて、あろうことか上半身は透けていた。

 がっちがちの騎士服ではなく、軽装で上は白という格好だから、雨に降られればこうなる。

 というか、ここでラッキースケベってどういうことなの。


「ラッキースケベか」


 エフィが髪をかき上げながら私を見下ろす。

 やっば、この人有言実行する気だ。

 またぎの姿してる私をハグ? 見た目シュールすぎない?


「俺は君のラッキースケベのハグ係だ」

「いいってば! またぎモードだから!」

「新しい発見だな。複数モードが展開されるのか」


 この場合、またぎモードを維持したまま、ラッキースケベが起きる。

 けど、ラッキースケベの効力に負けるわけでもないので、またぎの服装はそのまま残った。

 アステリが首を傾げながら問う。


「今度はどうした?」

「ええと……」

「パノキカトに思う所があるのか?」


 見ていたからなとエフィが余計なことを言った。


「エフィ黙って!」


 あの国に、元婚約者に未練がないのは事実だ。

 けど私は淋しい。たぶん自分の居場所がなくて淋しい。そんなもの自分で作ればいいだけだとすぐに思い直っても、一瞬過ぎていくだけの思いを丁寧に拾ってくる。

 本当数ある祝福の中でもラッキースケベはかなり厄介だ。


「イリニ」


 ぼんやり考えていたら、エフィが躊躇いもせずに抱きしめてきた。

 ひえっと変な声が出たけど、そのままアステリがごゆっくり~と言って足音が遠ざかるのが聞こえ、しばらく私はハグされ続けた。

 ああやめてほしい。ハグ係があったとしても、エフィは勘弁してほしかった。


「濡れるんだけど」

「我慢してくれ」

「エフィ身体拭かないと風邪ひくよ?」

「我慢する」


 だめだ、譲る気ぜんぜんない。

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